新型コロナウイルス禍を経て、社会や人口動態、テクノロジー、政治・経済などが急速に変化する今、保険業界にも対応が求められている。5年後、10年後に向け各社はその変化にどう立ち向かっていくのか。9月に日本経済新聞社が主催したSuper DX/SUM(超DXサミット)では「インシュアランス5.0のシナリオと保険業界の潮流 〜保険業界におけるデジタルトランスフォーメーションの最前線〜」と題したワークショップを展開。EY Japan金融サービス・コンサルティングリーダー/保険コンサルティングセクターリーダー EYストラテジー・アンド・コンサルティングパートナーの青木計憲氏をモデレーターに熱い議論が展開された。
■保険業界はInsurance5.0の時代に
ワークショップでは、まずEYストラテジー・アンド・コンサルティング金融サービス テクノロジーコンサルティング ディレクターの木下大輔氏がアジェンダを紹介。「今日はEYが定義する保険業界の新たな流れ『Insurance5.0(インシュアランス5.0)』のシナリオと、生命保険・損害保険の潮流、さらにそれを支えるプラットフォームのあり方について議論を深めていきたい」と述べた。
これを受け、モデレーターの青木氏が最初のテーマである「Insurance5.0のシナリオ」について説明。保険業界を取り巻くメガトレンドとして「幸せに生きたいというウェルビーイングのニーズが多様化し、生命保険や損害保険も単体の商品だけではなく、(様々な事業者の商品・サービスに保険商品を組み込む)組み込み型保険が徐々に浸透して顧客にとって利便性の高いものにシフトしている」と述べた。
その上で、顧客データが共有できるオープンインシュアランスが保険業界にインパクトを与えていることや、AI(人工知能)や企業等が自由にアクセスできるオープンAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)など技術面の進化を紹介。「EYはそのオープンインシュアランスの影響を受ける保険業界の変革をInsurance5.0と位置づけ、APIエコノミーの勃興期と定義している」と付け加えた。
■医療サービス向上に不可欠なデータ活用
続いて青木氏は2番目のテーマ「Insurance5.0における『生命保険』の潮流」に触れ、消費者のライフスタイルが多様化する中で、生命保険は従来の商品・サービスでは顧客のニーズをカバーしきれないと指摘し、「他社と連携するエコシステムや、データに基づいて最適なサービスを提供するパーソナライズ化が重要」と述べ、医療ビッグデータの活用で実績のあるJMDCインシュアランス本部 執行役員の久野芳之氏に、現在の取り組みを尋ねた。
久野氏は、自分たちが目指しているのは医療ビッグデータを「医療リソースや医療スキルの最適配分」と「生活者個々のヘルスリテラシーの向上」につなぎ、日本の医療費の健全化に貢献することだと明言。具体的には、健康保険組合や病院、調剤薬局などからのレセプト(診療報酬明細書)や健康診断のデータを解析し、「一次利用としてはデータ提供元である病院の最適運営や保険者の医療費抑制などにつなげ、二次利用ではデータを匿名化した上で製薬企業や生命保険会社、官公庁、大学などに提供することで、医療サービス向上を目指している」と述べた。
久野氏はそうした医療データを活用した事例として、企業・健保組合の健康診断結果を使った独自のPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)サービスがあり、「従業員は自分のIDでログインして健診結果から導き出されたアドバイスを受けたり、生活習慣や運動不足などを改善するサポートが受けられる」と紹介した。
今後に向けて久野氏はオムロンとの連携に言及。JMDCの持つヘルスケアデータと、オムロンの血圧計や体重計・体組成計のデータを組み合わせたプラットフォームを構築し、解析の解像度を高めていくと語った。
■損害保険商品は組み込み型が主流に
次に青木氏は、損害保険会社は組み込み型保険の対応に迫られていると指摘。保険会社と事業会社の連携を支援しているAgent Tech Consulting代表取締役社長の中島力弥氏にマイクを渡した。
中島氏は、保険会社にとっては新規事業の企画立案や事業会社との協業をリードする難しさがあり、プラットフォーマー等の事業会社やスタートアップにとっては、自ら保険ビジネスをどう始めてどう進めればいいのかという難しさがあると紹介。「自分たちはその事業開発コンサルティングに特化し、構想の段階からビジネス設計やPoC(概念実証)まで一緒に進めている」と述べた。
その上で自社の興味深い事例に言及。「とあるプラットフォーマーと大手損保会社が連携したオンラインで完結する保険商品のPoCをした際、スリークリックで加入できる利便性には非常に大きなメリットを感じる一方で、いざ加入するとなると最後の画面で手が止まることを紹介。保険という商材の難しさと、最後に背中を押してくれる仕掛けの必要性を感じた」と発言。
この保険加入のハードルについて中島氏は、「同規模の会社の何割が加入している」といったデータによる補足や、「同業種はどのプランを選択してどの特約を付けている」といった情報が後押しになるのではないかと提言。さらに、ECサイトに保険の入り口を「置くだけ」ではなく、いかに自然に加入へと進めるか、いかにユーザーにとってスムーズな購買体験をつくれるかが重要だと指摘した。
■異業種連携でプラットフォームも変容
中島氏の話を踏まえ、EYの木下氏は多様化した顧客に対応できる新たなプラットフォームが必要になるとして、アドバンテッジリスクマネジメント執行役員の坂本要氏に実際の取り組みを尋ねた。
現在2950社の契約企業社数を有する同社は、2002年に職場のメンタルヘルスケアとなるEAP(従業員支援プログラム)サービスを始めたことを契機に、総合的な健康サポート企業として発展。「現在はウェルビーイングをキーワードに、安心して働ける職場環境づくりと、活力ある個人・組織をサポートする領域でビジネスを展開している」と紹介した。
そうしたビジネスで見えてきた顧客価値の変化について坂本氏は、「例えばGLTD(団体長期障害所得補償保険)への加入は損失の補償を得るだけでなく、EAPなどと組み合わせることで、従業員のメンタルヘルスをサポートしたいという問題解決策としての活用が増えている」と解説。保険の使い方が課題解決にも広がっていると述べた。
さらに、顧客自身が課題を明確に把握していないケースでもパッケージ化が有効で、「お客様の利便性が向上すると同時に、自分の課題を理解するメリットもある」と強調。また現在の取り組みとして、労務管理と保険提供を一体化、具体的には休業者管理とGLTDの運用を一体化するプラットフォームや、保険加入の利便性向上を目的とする複数社の保険をウェブ上で一度に手続きできる仕組みを提供するプラットフォームを準備していると説明した。
これを受け木下氏は、EYでもEY Nexus(ネクサス)というコンセプトで、アライアンス・エコシステムの企業と金融業界向けにデジタルプラットフォームを提供していると紹介。青木氏もInsurance5.0ではデータ活用や他社との連携がメインになっていくと話し、EYはそれを全面的に支援していきたいと述べ締めくくった。