日経メタバースプロジェクト

着実に進む社会実装 メタバースが示す可能性 第3回 日経メタバースシンポジウム

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持続可能な社会インフラとして、また「社会や産業の在り方を大きく変えるパラダイムシフト」(経済産業省報告書)として期待の高まるメタバース空間。その実現に向けて7月27日、第3回日経メタバースシンポジウムが日経ホール(東京・千代田)とオンラインにてハイブリッド開催された。有識者による講演では、社会実装が進みつつあるメタバースの現状と、生成AI(人工知能)など関連技術がもたらす今後の展望が語られた。その模様を紹介する。

アバターを現実世界に

石黒 浩氏

大阪大学 基礎工学研究科 教授/ATR石黒浩特別研究所 客員所長/AVITA 代表取締役

メタバースでの活動に不可欠なアバターを、実世界にも普及させたい。実現すれば、メタバースと同様にアバターによって匿名で、本体とは異なる姿で働けるようになる。特に遠隔操作型ロボットをアバターとして使えば、高齢者や障害者を含む誰もが身体的・認知・知覚能力を拡張しながら、常人を超えた能力で様々な活動に自在に参加できるようになる。そうした世界を実現するため、さまざまな実証、実装に取り組んできた。

あるアミューズメントパークでは、園内に6体のアバターを置き、来園者が話しかけるとスタッフが事務所から遠隔操作で対応する仕組みをつくった。操作スタッフは6体のアバターに対して数人で済むため、少人数で広いエリアに対応することが可能になった。コンビニエンスストアの自動化レジの横などにCGアバターを置き、問い合わせの対応や販促をした例もある。アバターを操作するアルバイトを募集したところ、数人の枠に対して400人近い応募があった。その中には障害のある人、遠隔地在住者も含まれていて、アバターが働く際の身体や距離的な障壁を解決する一助となることが示された。

また、ネット上で生命保険を販売するあるサービスでは、アバターのコンサルタントを導入した。コンサルティング後の本格的な商談に入るコンバージョンを比較すると、アバターでのビデオ通話の方が、電話よりも2倍以上多い結果となった。アバターが対話で成り立つビジネスでも有用なことが判明した形だ。

実世界でアバターを普及させていくには、まず導入や操作が比較的簡単なCGのアバターを使って、多くの人がアバターで働ける状況をつくり出すこと。そのうえで、必要に応じて遠隔操作型のロボットを導入していくのがよいだろう。

 

産業構造の大変革へ覚悟を

廣瀬 通孝氏

東京大学 名誉教授/ 東京大学先端科学技術研究センター サービスVRプロジェクトリーダー

コロナ禍で多くの社会課題が顕在化した。その中で注目されたのが、リモート技術やVR技術といったメタバース関連技術である。それまで「あれば便利」と捉えられていたものが、「なければ困る」技術と見なされるようになった。コロナ禍そのものは徐々に終息しつつあり、働き方はコロナ禍以前に戻る方向性にあるが、社会課題がすべて解決されたわけではない。例えば、育児や介護を担う人、障害のある人などにとっては依然としてリモートワークが可能かどうかは重要な問題だ。労働力不足が進む中、リモートワークスタイルは確実に残るだろう。

人が空間・時間・意識を超えて自在に移動可能となる未来社会「モビリティーゼロ」を実現させることは急務だ。現在の社会状況は、1970年代の日本をほうふつとさせるものがある。当時のオイルショックをエネルギー多消費型の重厚長大産業を中心とする産業構造から、知識集約型の軽薄短小産業を中心とする産業構造に変えることで日本は救われた。さまざまな課題が日本、そして国際社会に立ちはだかっている今、大きく産業構造を変えていく覚悟が求められている。

重要なのは、社会システムを変革する際は1つの技術、1つのシステムだけを変えれば事足りるわけではないことだ。VR技術を磨き上げ、メタバースを普及させるだけではなく、通信、経済、労働、教育など、あらゆるシステムの改革を同時に進めていかなくてはならない。

今後15年ほどかけてメタバースは社会基盤となっていくと予測しているが、それに先立って、どのような基盤が必要かという構想を国を挙げて練っておく必要があるだろう。社会基盤は簡単に変更できないものだからだ。

 

方向性の違い見極める

岡嶋 裕史氏

中央大学 国際情報学部 教授/政策文化総合研究所 所長

メタバースには大きく2つの潮流がある。一つは、架空の社会システムをゼロからつくり上げる狭義のメタバース。もう一つは、現実に即して仮想世界を構築するデジタルツインやミラーワールドと呼ばれるものだ。両者では、アクセスするための技術も、提供されるサービスも明確に異なる。必然的に想定されるユーザー層もマネタイズのポイントも違ってくるはずだ。ビジネスにメタバースを活用するなら、自社の得意なサービスや技術がどちらに適しているかを検討する必要がある。

こうした方向性の違いとあわせて、それぞれのメタバースをどういった事業者が中心になって支えているのかも確認しておきたい。各事業者の志向や理念の違いを念頭におくと、メタバース活用の方向性が見通しやすくなるだろう。

メタバースは、これまで主に次の4つの分野の事業者がけん引してきた。「ゲーム」「SNS」、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)などの技術を手掛ける「クロスリアリティー(XR)」、そしてブロックチェーン技術を活用して仮想通貨などのソリューションを提供する「ブロックチェーン勢」である。

ゲームやSNSの事業者は、ユーザーが快適な世界をつくることに一日の長があり、メタバースの中核にいるのは紛れもない。

一方、XR関連の事業者が持つ技術力は、より快適な仮想世界を構築し、金銭や時間を消費するに値するリッチな体験を提供するための重要な鍵になっていくだろう。

ブロックチェーンについては、ビットコインなど暗号資産のための技術というイメージがあるが、創発的なのは意思決定の仕組み部分である。中央集権的な管理者を設けず、参加者が相互監視することで非中央集権的な意思決定を志向している。ブロックチェーン勢はこの仕組みを、行政や企業など、社会の様々な場に展開していくことで、公平で透明な社会がつくれるのではないかと考えている。しかし、ゲーム制作的なアプローチからトップダウンで構築される仮想世界に、ブロックチェーンの思想がなじむのか疑問もある。仮想空間上世界で、ブロックチェーン勢がどのように振る舞おうとしているのか、注意しながら見守りたい。

 

国際標準化に向け支援

山野 哲也氏

総務省 情報流通行政局 参事官

メタバースなどの利活用に向けて、総務省においてもさまざまな取り組みを行っている。

1つ目は、国際的な共通認識の形成だ。国境を越えて多様なワールドが展開され、それが社会活動の場になっていくとなれば、やはり相互運用性が重要になる。そのために、先の主要7カ国(G7)での合意を踏まえつつ、国際的な共通認識をめぐる議論に日本も積極的に参画していかなければならない。今後は、経済協力開発機構(OECD)や国連のインターネットガバナンスフォーラム(IGF)などと連携して進めていきたい。

2点目は国際標準化に向けての支援だ。国際電気通信連合(ITU)のようなデジュール(公的)標準機関やメタバーススタンダードフォーラム(MSF)のようなフォーラム標準などの場での活動を通じて、我が国発の規格の国際標準化などを支援していく。

3点目は、ガイドラインの策定の検討だ。ユーザーが安心して安全にメタバースを利用できるように、事業者はサービスの提供条件などをわかりやすく情報開示していくことが求められる。その際の指針となるガイドラインを、関係者と共に検討していく。

4点目は、継続的なフォローアップだ。特に今後のユーザーの利用動向、技術動向などは継続的に把握していくことが必要で、総務省でも関係者が集まる研究会などで状況のアップデートを続けていきたい。

5点目は、ユーザーインターフェース(UI)やユーザー体験(UX)に関するさらなる調査だ。メタバースの普及とともに、多様なUXが提供されることになる。その現状を国としてもしっかりと把握していきたい。

また、今後、デジタル空間がパブリックな空間として発展していけば、ユーザーの置かれた通信などの環境の違いが、社会参画の際のハードルになる可能性もある。Society5.0への参画の観点からも、こうした状況について把握していきたい。

メタバースが現実空間と地続きの活動の場として活用されるようになるには、産学官が一丸となった取り組みが必要だ。抱えている課題などを共有し合い、新しい世界の環境づくりを共に進めていくことを願っている。

 

分散型IDで広がる自由

宮川 尚氏 大日本印刷 ABセンター XRコミュニケーション 事業開発ユニット 副ユニット長
吉田 新吾氏 大日本印刷 ABセンター 事業開発ユニット 事業企画部 ビジネスデザイングループ
加藤 晃央氏 CEKAI/世界 共同代表
番匠 カンナ氏 idiomorph 主宰/ambr CXO

宮川 XRはコミュニケーションのありようを変革する技術として重視している。特にメタバースはリアルとバーチャルをつなぐ接点であり、ここを軸に事業開発に取り組んでいるところだ。現実空間と仮想空間を連動させるXRロケーションシステム「パラレルサイト」はその一つだ。

吉田 これまで、こうした仮想空間を利用する際は、そのサービスを提供する事業者が管理するIDがあれば事足りた。しかし、リアルとバーチャル、あるいは異なるメタバース間の行き来が盛んになれば、あらゆる空間で利用できる分散型IDが必要になる。当社はこの分散型IDの実現に向けた第一歩として、複数のアバターを認証するシステム「パラレルミー」を構築した。

加藤 「パラレルミー」のイメージ動画の制作に協力した。当社は、プロジェクトベースでその都度、適したクリエーターが集まる自律分散型コミュニティー「CEKAI」を運営している。日本ではクリエーターが個人として大企業の仕事を直接受けることは困難だが、CEKAIが契約や責任の所在を担保することで個としての活躍を支援する。こうした共創型の活動が、海外、特にデジタル分野で増えつつある。

番匠 私も含め、XR分野では個人のクリエーターとして活動する人が増えている。メタバースでは、顔も名前もわからない相手と仕事をするのが当たり前になっているが、既知のクリエーター間はともかく、企業が初対面のクリエーターに発注するのは二の足を踏むことが多い。分散型IDの認証の仕組みで、仕事に関する信用情報を蓄積・利用できるようになれば、人はさらに自由に活動できるようになる。

 

 

仮想カメラで映像製作

錦織 博氏 アニメーション監督/演出者
天野 清之氏 カヤックアキバスタジオ CXO/面白法人カヤック メタバース事業部部長

天野 人気ゲームのキャラクターによるライブ映画「劇場版アイドリッシュセブン BEYOND THE PERIOD」が注目されている。この作品で錦織監督は、カヤックアキバスタジオが開発したバーチャルカメラ技術「ジャンヌ・ダルク」を使用した。リアル空間で人の動きをモーションキャプチャーで取り込み、それをVR空間で再現し、仮想カメラで撮影するツールだ。

錦織 通常のアニメ制作では、絵コンテで振り付けや画角、表情などを指定し、それをもとに映像を作っていく。しかし、ジャンヌ・ダルクを利用することで、実写のライブ映像を編集するのと同じ感覚で制作が可能になった。仮想空間上でキャラクターの動きを撮影したバーチャルカメラは1曲あたり100台以上。15日間の撮影で4500カットという膨大な動画データをジャンヌ・ダルクから書き出し、選りすぐり、映像素材として編集した。膨大な量のカメラ、カットを活用できたのは仮想空間ならではのメリットだ。今後、映画の作り方が変わるのではないか。

天野 取り出した映像の画質は、現段階ではそのまま使えるわけではなく調整が必要だ。しかし、生成AIの技術などを活用することで、いずれはもっと簡単にスピーディーに作品が作れるようになるだろう。

錦織 3D映像の制作のみならず、メタバース空間で観賞もできるようになれば、キャラクターをよりリアルに感じられるようになる。一方で、今回の作品の感動は作品をしっかりと理解しているアクターが動き、それをキャプチャーしたからこそ得られたという面もある。そうした代えの利かないものも意識しながら、新しいコンテンツ作りに取り組んでいきたい。

 

 

日本の魅力伝える新経済圏

追木 浩二氏

凸版印刷 情報コミュニケーション事業本部 フロンティア事業開発センター 先端表現技術開発本部 ミラバース事業企画部 部長

内閣府の定義によると、クールジャパンとは世界から「クール(かっこいい)」と捉えられる日本の魅力の総称である。食、アニメ、ポップカルチャーに限らず、様々な分野が対象だ。こうした魅力を世界に発信し、日本のブランド力を高めようというのがクールジャパン戦略だ。コロナ禍を経てからは、オンラインによる発信やデジタルコンテンツの活用に期待が寄せられている。

その中でも、日本の魅力をストーリー化して発信するメディアとして最適なのが、3D空間に没入できるメタバースだ。ホームページやSNSによる発信の場合、アクセス数は稼げるが、体験性に関してはリアルと比べて弱い。リアルな体験の場合、距離や空間の制約があるため、アクセス数が少なくなってしまう。

それに対してメタバースは、デジタルとリアル、双方の魅力を融合したメディアといえる。伝達できる情報の密度と自由度も非常に高く、非言語領域も含め多元的にストーリー発信が可能だ。日本ならではの「こだわり」「わびさび」「かわいい」「萌(も)え」「エモい」といった、言語では説明しづらい美意識や情感も肌感覚で理解してもらうことができる。

多様な文化を発信しつつ、海外と交流し、各企業がこだわり抜いた商品をお預かりし、輸出入するために、これらを実現し得る新しい経済圏、持続可能なメタバースのエコシステムをつくっていく。この構想に向けて、当社はすでに一歩踏み出している。それが7月に立ち上げた「バーチャルリミックスジャパン」という名の取り組みだ。日本の文化や魅力を国内外に伝えるイベントの場として、また企業や自治体などの情報発信の場として活用可能だ。

 

創造性引き出す「ディープワーク」

花岡 里仲氏 O Director of Operation

AI活用が進む中、競合優位性はスピードや効率性から、創造性やユニークネスへと移行しつつある。では、人がそうした力を発揮するには、どんな環境が必要なのか。この問いに対して「ディープワーク」というキーワードを提案する。

ディープワークを実現するには、「結果だけでなく、プロセスを重視する」「フロー(集中)状態が維持できる」「言葉以外の、画像や音声を介したやり取りができる」環境が必要になる。こうした環境を実現するために、私たちはメタバースを利用したディープワークのための空間、思考コラボレーションツール「MEs(ミーズ)」を提供している。

MEsの最大の特長は、あらゆるデータが可視化できることだ。画像、動画、3Dオブジェクトを、プロジェクトルームに並べるように、デジタル空間に配置できる。オンライン会議を3D空間で実施し、その空間をホワイトボードや資料ごと保存できるのも、デジタルならではの機能である。

3Dデジタルワールドをクリエーションの手段として活用していくことで、新たな価値を有するデータ共有、自己表現、コミュニティー形成がより普及していく。狭義のクリエーターにとどまらず、様々な活動を通して新しい価値を生み出そうとしているあらゆる人に、そうした環境を提供していきたい。

 

利用目的を明確に

市川 達也氏 メタバース推進協議会 事務局長

メタバースで新規事業を実施するにあたっては、売り上げを伸ばすのか、コストを削減するのか、運用そのものを手掛けるのか、利用目的を明確にする必要がある。ニーズが高いのは、やはり売り上げ増加とコスト削減であろう。

海外の潮流を見ると、売り上げの増加を目的としたメタバースの活用としては、さまざまな業界のトップランナーが商品やサービスの体験空間を設けるなど、エンターテインメント以外での利用が進んでいる。それに伴い、知的財産権の所在などの課題が見え始め、ルール整備も進みつつある。

コスト削減を目的とする活用としては、現実世界の工場や商品を、デジタルツインでシミュレーションをしながら、スマートかつスピーディーに設計するケースが目立つ。今後、デバイスの進化とともに人間の能力を拡張できるようになれば、同一の時間、場所に人が存在することを前提とした工場型の労働から解放された、新たな働き方、新たな生産方法が生まれるだろう。

メタバースで経済的な取り引きを行うための技術的な条件は整いつつあるが、ルール作りはこれからだ。目的設定や事業計画なしに飛び込むのはリスクを伴う。メタバース推進協議会では、加盟企業と国内外の事例から見えてきた課題を共有しつつ、各種ガイドライン作成とメタバースの普及活動を進めていく。

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