日本経済新聞社と日経BPは2023年9月11〜16日、SDGs(持続可能な開発目標)について議論するイベント「日経SDGsフェス」を開催する。15日のジェンダーギャップ会議にはLGBT求人サイトを運営する注目のスタートアップ、JobRainbow(東京・渋谷)の星賢人最高経営責任者(CEO)が登場。LGBTなど性的少数者らへの理解増進法が6月に施行され、7月には性同一性障害の経済産業省職員に女性用トイレの使用を制限する政府の対応を最高裁が違法と判断するなど国の動きも話題となるなか、多様な人材が力を発揮できる「ダイバーシティ経営」をどう進めていくか。求人サイトを立ち上げた背景や企業がダイバーシティ推進に取り組む意味などを聞いた。
「100×90項目」で企業と利用者をマッチング
――JobRainbowのサービスについて教えてください。
「LGBTなど多様性を生かした就活・転職向け求人サイトの開発・運営や企業向けの研修などを手がけています。サイトの特長は企業と利用者をきめ細かにマッチングできるアルゴリズムです。登録企業は『LGBT』『ジェンダーギャップ』『障がい』『多文化共生』『介護・育児』の5分野からなる『ダイバーシティスコア』で評価。各分野はさらに『行動宣言』『人事制度』などの5つの要素に分かれ、それぞれ4つの基準でスコアを算定するので、計100項目で企業の姿勢や取り組みが見えます」
「登録企業だけでなく、利用会員も自身の特質や育児・介護などの状況、興味・関心など90項目にわたる『ダイバーシティタグ』を設定できます。登録企業の100項目と利用会員の90項目をひもづけてマッチングするアルゴリズムを組んでおり、利用者が検索した時に自分に合う企業が上位に出やすくなったり、おすすめとして表示されたりするほか、企業からは自社にマッチする人材にオファーを出せるスカウト機能も設けています」
「現在の利用会員は約37万人で22年にほぼ倍増しました。LGBT向けの求人サイトとしてスタートしましたが、多様性を生かした職場で働きたいLGBTの当事者以外の会員も増えています。登録企業もサイトの立ち上げから基本的に伸び続けていて、大手から中小、ベンチャーまで約540社が登録しています」
――ダイバーシティスコアもダイバーシティタグもかなりの項目数ですね。
「就職活動や転職活動は、ともするとお互いに良いところだけを見せて、ネガティブな部分を隠したまま採用に至ってしまいがちです。例えば、病歴を明かせなかったことで適切な配属にならなかったり、周囲の配慮を得られなかったりして病気が再発して働けなくなっては誰も幸せにならない。入社後に活躍してもらうことがゴールなので、ダイバーシティタグは弱点や不得意なことを含め様々な内容を選べるようにしています」
「企業のダイバーシティスコアは、当社が主催するD&I(多様性と包摂性)に取り組む企業の認定評価制度『D&Iアワード』と共通の指標になっています。もともとはLGBT対応に特化したスコアでしたが、アワードの立ち上げにあたり作家の乙武洋匡氏をはじめ、ジェンダーや多文化共生など様々なマイノリティーの当事者の方の協力も得てダイバーシティの取り組み全体を評価できるよう拡張しました。登録企業、利用会員ともにきめ細かな情報に基づいてマッチングすることで、JobRainbowを通じて採用、入社した方の2年間の仕事の継続率は9割というデータが出ています」
ダイバーシティの取り組みは「費用対効果も高い」
――利用会員、登録企業ともに大きく伸びています。
「当社は求人サイトを中心とするダイバーシティ採用事業と企業向けの研修やコンサルティングなどを手がけるD&Iラボ事業が収益の柱です。23年は求人サイトの利用会員、登録企業、いずれも増えているほか、足元でラボ事業が急拡大しています」
「LGBT法の施行やトイレの使用制限に関する最高裁判決など大きな話題が続き、先日開催したLGBT法の解説と企業の対応についてのセミナーには約300社から参加がありました。以前は10〜30社程度だったことを考えると社会的な注目度が高まっていると感じます。仮に顧客対応を間違えて批判を受け、1〜2%株価が下がったとすると、会社の規模感によっては数億から数百億円という時価総額が吹き飛びます。対策にかかる費用ははるかに小さく、費用対効果が高い取り組みでもあると思っています」
「会社を守る投資だけでなく、企業は自社を成長させなくてはならない。そのために『お客様に良いサービスを提供する』と考えるなら、顧客の中には当然、マイノリティーの方がいるわけです。『VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)』の時代といわれるなか、企業が変化に対して柔軟に対応できる組織を築いたり、イノベーションを起こしたりするためにも画一的ではない多様性が必要になってくる。デジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組むと100億、1000億円のお金がかかるかもしれませんが、どんなに大きな会社でもダイバーシティの対応に1億円かけたらすごいことができるでしょう。コンプライアンス(法令順守)的な防衛の部分と、企業の成長機会という『攻めと守り』の両面でダイバーシティ推進の重要性が増していると考えています。大前提として、あらゆる従業員が安心して幸せに働けるために取り組むもので、そこがおざなりになると表面的な施策で終わってしまうことには注意する必要があります」
情報化で救われるマイノリティーがいる
――なぜ求人サイトを作ろうと考えたのですか。
「私自身はゲイの当事者です。中学生のころに気づいて不登校になり、インターネットカフェでゲームばかりしている時期がありました。チームに入って、そのチームで全国大会で4位をとったんです。友達もどんどん増えて、あるとき親友にカミングアウトしました。親友から返ってきたのは『お前はお前だから』という一言だけ。次の日もその次の日も変わらずゲームで遊んでくれた。本当に救われました」
「学校のクラスの40人の中では生きられないと感じていた。インターネットで現実のクラスから世界に飛び出せば、自分のことを認めてくれる人がたくさんいるんだと気付けたんです。かつて『三種の神器』の洗濯機が家事の重労働から解放してくれたように、社会の情報化によって救われるマイノリティーがいる。情報産業のなかでテクノロジーを活用してマイノリティーの課題解決をしたいと思うようになりました」
――大学ではLGBTのサークルを率いていた。
「先輩が就職活動の面接でLGBTだと伝えると『そんな人を採った前例がない』と不採用になりました。先輩は就活も諦め、大学も辞めてしまったんです。LGBTのサークルで活動していても救えなかったことが悔しかった。その後、外資系の大手IT企業でインターンシップをしていたとき、その会社にはLGBTのサークルがあり、オープンにしている当事者がいて、その1人は同性のパートナーと結ばれて福利厚生も利用できていました」
「こうした情報が私たちには全然届いていなかったということです。企業側は魅力的な情報を持っているのに、魅力になることも知らなくて伝えられていない。情報の非対称性があり、そこにビジネスチャンスがあると感じました。最初は口コミサイトというかたちで、16年にJobRainbowを立ち上げました。しばらくすると採用情報を載せたいという企業からの問い合わせがあり、掲載すると実際に求職者が多く集まった。それから掲載希望の企業を募っていき、18年に求人サイトにリニューアルしました」
ダイバーシティの推進は「尊重」がカギ
――JobRainbowのダイバーシティの取り組みを教えてください。
「例えば、入社時に『私のトリセツ(取扱説明書)』を作成して、自分の特性や希望するコミュニケーションの方法などについてまとめておく。それを見ることで同僚も上司もその人に合わせたかたちで仕事を進められます。大切にしているのは『フィードバック・イズ・ギフト』という考え方。多様な人材がいる環境は、互いにフィードバックして改善し続けることで初めて成り立ちます。違和感を持ったときに手を挙げることができ、より良い状態を目指してフィードバックし合える文化が必要です」
「誰にでも嫌いな人はいて、好きな人でも100%好きなことはなく、1%は意見が合わないとか、ちょっと残念だなと思うところがあるものです。そういう内心で感じることと実際の行動を切り分けることも重要です。ダイバーシティの話は好きじゃないという人がいたっていいと思うんです。だからってマイノリティーの人を傷つけたり、困らせたりしていいことにはならない。一方でどんな相手でも共通点や共感できるところが必ずあるはずなんです。ダイバーシティの推進は、自分が持っている良さや魅力が相手にもあると投影し、尊重して向き合えるかにかかっていると思っています」
(聞き手は若狭美緒)