アトツギの作法

八王子の自動車整備・販売会社 窮地を救った次女の決意 どうする事業承継 アトツギの作法 カーライフハギワラ(東京都八王子市)

中堅・中小 事業承継 自動車

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カーライフハギワラ(東京都八王子市)は自動車の整備・販売を手掛ける中堅企業だ。後継者が決まらない中、現社長の次女は資金繰り担当者が突然不在となった苦境を救ったことを機に承継を決意した。

経理の責任者が退職 資金繰り急きょ担う

同社の前身の自動車整備・販売会社は、1945年に現社長の萩原良夫氏(74)の父、故萩原勇氏が創業した。不動産などにも事業を広げ、62年に祖業だった自動車整備・販売事業を「萩原マツダ自動車」として分社した。96年に良夫氏が勇氏から社長を引き継いだ。

良夫氏は3人の子どもたちに後継ぎの話をすることはなかった。長男、長女は別の会社に入り、入社したのは末っ子で次女の萩原見佳氏(40)だけだ。「経理は身内がいいと聞いた。継ぐというより、会社に入れば育ててもらった恩返しになる」(見佳氏)と大学では経営学を学んだ。簿記の資格も取得して2006年に入社した。

見佳氏は「承継は全く意識していなかった」という。良夫氏も「もともと経営学を学んだ理由は知らなかったし、入社も『入ることにしたのか』くらいの受け止め方だった」と振り返る。見佳氏は店の電話受付などを担当した後、入社の動機通り、得意先からの入金や売掛金を社内システムに入力するなど経理の仕事も部分的に担った。

転機は入社9年目の15年に訪れた。経理や資金繰りを一手に担っていた責任者が急に退職を申し出て、引き継ぎもなく会社を去っていった。良夫氏は「経理は私もほとんどわからない。誰かがやらざるを得ないが、どうすればいいのか」と途方に暮れた。

「このままでは会社が回らなくなる。おカネの流れを止めないよう何とかしなければ」。会社の緊急事態を見かねた見佳氏は火中の栗を拾う役割に手を挙げた。社内システムの入金の管理などにかかわり、他の従業員よりは社内資金の流れをわかっているとの自負があった。

とはいえ「これまでの仕事はパート従業員でもこなせるレベル。経理全体の業務をこなすだけの知識がなく、ゼロからのスタート」(見佳氏)だった。取引先や仕入れ先への振り込み方すらわからない。金融機関など様々な支払先に頭を下げ、直接問い合わせた。顧問税理士にも毎日のように会社に来てもらい、資金の流れを詳細に聞き取った。

資金繰りに1年間ほど奮闘し、自ら作成した16年8月期の決算書に税理士のお墨付きを得たときは心底ほっとした。顧客だけでなく自ら接した金融機関、保険会社などの様々なステークホルダー(利害関係者)の支えがあるからこそ、今のカーライフハギワラがあることを実感した。「長年、地域の方に認められてきた会社を存続させることが使命だ」と事業承継への自覚が芽生えた。

見佳氏の働きぶりは、60歳を過ぎて事業承継を考え始めていた良夫氏にとっても頼もしかった。「頑張ってくれているな。会社を任せても大丈夫だ」と見佳氏を第一の後継候補に考えるきっかけになり、取締役に昇格させた。

「ここが私の居場所だ」

承継を意識するようになった見佳氏は「いろいろなことを勉強したい」と、まず同業者の幹部クラスが集まる会合に顔を出すことにした。30歳代と出席者の中ではとりわけ若かったが、年配の経営者などと話す機会が増え、自分の会社だけでなく業界の事情もよくわかるようになってきた。

同業者と接する中で、自社の強みや特徴もわかるようになり、社内にいて居心地の良さにほっとする自分がいた。「ここが私の居場所だ。私が継ぐことになるのだ」との意思がさらに固まった。

金融機関主催の交流会やセミナーにも積極的に参加した。「同業者以外の経営者や、同じ後継者の立場にいる人に会える」と考えたからだ。メインバンクの西武信用金庫が主催する次世代経営者の交流会に参加したほか、19年には後継者候補が経営者のあり方、決算書の読み方などを約半年にわたって学ぶセミナーで後継者としての知見を培った。

22年には同金庫の女性後継者の交流会「SEIBU LADY LINK」にも参加した。同じ女性経営者や後継者候補から、販売戦略などを変えながら新型コロナウイルス禍を乗り切った話などを聞く機会も多い。次世代に経営を担う者として参考になる。「皆さんは必死に会社を守るためにやっている。私も頑張らなければならない」と励まされた。 

株式対策で円滑な承継へ地ならし

見佳氏が後継者として会社経営を懸命に学ぶ姿を見て、その決意の固さを知った良夫氏は、円滑な承継への地ならしに取り掛かった。

株式承継対策には様々な手段を講じた。創業者の故勇氏は株式を夫人(良夫氏の母、見佳氏の祖母)や良夫氏以外の子供にも分割して相続させた。株式が良夫氏を含め親族5人に分散し、良夫氏の持ち分は約3分の1にとどまっていた。

カーライフハギワラは借金が少ないうえ、不動産などの資産もあり、税務上の株価も高く評価される。贈与税や相続税の負担が大きくなる課題もあった。「承継後の社長の持ち分を、株主総会の特別決議を単独で成立できる7割程度にするメドをつける」(良夫氏)ことを目標に株式承継の仕組みについて調べ、顧問税理士とも相談しながら、見佳氏への株式集中を進めることにした。

株式の取得に当たっては、毎年一定の金額が免税となる暦年贈与制度を使っている。免税範囲を超え、贈与税を支払ってでも見佳氏が株式取得を進められるよう、見佳氏の給与には贈与税納税に必要な分を上乗せした。さらに勇氏夫人から良夫氏を経ずに見佳氏が直接贈与を受けられるよう、見佳氏を勇氏夫人の養子にした。

良夫氏は、電気自動車(EV)の普及が進む中で「消耗品も少なくて整備の仕事が減り、先が見えにくい」と業界への危機感を抱き、社内改革を進めている。中途採用で新しい技術を持つ整備士を入社させ、毎月の労働分配率を従業員に公開し、士気を向上させる経営手法も取り入れた。見佳氏も「自動車整備会社としては大きな規模なので、先を読んで動いていかなければ」と良夫氏と危機感を共有する。

承継の時期について良夫氏は「専務と私の考えは同じ方向だ。昨年あたりからそろそろいいかなという話をしている」と話す。その表情には、会社の苦境から転じて、円滑な承継に道筋をつけられた安ど感が浮かんでいた。

(一丸忠靖)

「どうする事業承継 アトツギの作法」は中小企業診断士の資格を持つベテランのライターが、事業承継に取り組んだ中小・中堅企業の実例をリポートします。随時掲載。

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