2023年4月10日、Chat(チャット)GPTを開発したオープンAI(OpenAI)のサム・アルトマンCEOは、総理大臣官邸を訪問し、岸田文雄内閣総理大臣と会談しました。岸田首相とアルトマン氏は、AI技術の利点と、欠点をどう軽減していくかについて議論し、プライバシーや著作権などのリスクや、国際的なルール作りについて意見交換を行ったそうです。一国の首相が海外の一企業のトップと会談の場を設けるのは異例なことといえ、テレビや新聞でもこの会談は大きく取り上げられ話題になりました。
ChatGPTと第4次AIブームのはじまり
人工知能(AI)とは、その名の通り人間の持っているような知性・知能を人工的に実現する技術を指します。AIはこれまでに3回のブームが起こっています。第1 次AIブーム(1950〜1960年代)は、「推論」や「探索」と呼ばれる技術で人間のような知能を表現しようとしました。しかし、簡単な迷路を解くようなゲームはできても、さまざまな要因が絡み合うような現実社会の問題を解くことはできず、間もなく冬の時代を迎えることになりました。
第2次AIブーム(1980年代)では、専門家の知識をルールとして教え込み、問題を解決させる「エキスパートシステム」の研究が進みました。しかし、問題を解くために必要となる情報を、コンピューターが理解できる形式で大量に用意することは難しく、再び冬の時代を迎えることになりました。
第3次AIブームは2000年代に始まり、ビッグデータ(大量のデータ)を用いることで、AIが自ら知識を獲得する「ディープラーニング(深層学習)」などの手法がブームをけん引しました。ディープラーニングとは、人間の脳を模した「ニューラルネットワーク」を使って、大量のデータを学習する手法のことです。この第3次AI ブーム下で、大きなニュースになったできごととしては、アルファベット(グーグル)の傘下のAI企業であるディープマインドが開発したAI囲碁プログラム「アルファ碁(AlphaGo)」が、世界トップレベルのプロ棋士であるイ・セドル九段に勝利したことでした。AIが人間の能力を超えるかもしれないということをAIの専門家ではない一般の人々にもわかりやすい事例で示したといえるでしょう。
そして今、第4次AIブームが始まるのではないかといわれています。今回のブームで鍵になると見られているのが「生成AI」と呼ばれる技術です。すでにご説明した通り、生成AIとは、与えられたデータから新たな画像・文章・音声などのデータを作り出すことができるAI技術のことです。ChatGPTもこの生成AIの一種になります。
会話型AIサービス「ChatGPT」
ChatGPTは、アメリカのAI研究所であるオープンAIが開発した会話型 AIサービスです。使い方は非常に簡単で、ユーザーはChatGPTのサイトで質問したいことをテキストで入力すると、それに対しての回答を数秒程度で返してくれます。さまざまな言語に対応しており、英語だけでなく、フランス語、ドイツ語、中国語、日本語などで質問して回答を得ることも可能です。
では、グーグルやヤフーが提供する検索サービスとChatGPTはどのように違うのでしょうか。検索サービスの場合、一般的には調べたいことのキーワードを入力し、そのキーワードに関連深いウェブサイトを教えてくれます。たとえば、「スイカの生産量が多い都道府県の上位3つ」を知りたい場合、「スイカ 生産量 都道府県 上位3つ」のように複数のキーワードで検索することが多いと思います。検索サービスでは入力されたキーワードと近しい記述があるウェブサイトを提示してくれます。ユーザーは、そのウェブサイトの内容を確認し、答えを探す必要がありました。
しかし、ChatGPTの場合は、ユーザーの質問に対して、人が話すような言葉で回答を返してくれます。キーワードを考える必要はなく、素直に「スイカの生産量が多い都道府県の上位3つを教えて。」と質問すれば、1位から3位までの具体的な都道府県の名前を提示してくれるのです。
このように紹介すると、コンシェルジュサービスのようなイメージを持たれるかもしれません。しかし、ChatGPTのすごさは、その知識の広さと深さにあります。マサチューセッツ総合病院のティファニー・H・クン氏らは、米国医師免許試験(USMLE)の問題をChatGPTに解かせたところ、特別な訓練を行わなくても合格ラインに近い成績を収めたことを発表しました。また、最新のChatGPT (GPT-4)でアメリカの司法試験の模擬試験を解かせたところ、上位10%程度の成績だったそうです。英語の試験だけでなく、日本の医師国家試験を解かせても合格ラインを超えたとの報告もされています。
法学や医学の高度な専門領域においても高い水準で正しい回答ができ、しかも多言語で対応できる。これまで映画やアニメの世界でしか存在しなかったような、どのような質問にも答えてくれる汎用的な高性能AIの姿をChatGPTはうかがわせてくれています。
利用者の急激な増加
2022年11月末に発表されたChatGPTは、公開後5日間で全世界のユーザー数が100万人を超え、公開2カ月後には月間のアクティブユーザーが1億人を超えたそうです。インターネットのアクセス分析サービスであるシミラーウェブによると、ChatGPTのサイトを訪れたユーザー数は、2023年2月に約1・5億人、2023年4月には約2・1億人と推計され、急激に利用者を増やしています。また、同サービスによるとChatGPTの国別訪問者の割合は、1位がアメリカ(約11%)、2位がインド(約9%)、3位が日本(約7%)でした。日本におけるChatGPTの人気が、世界的に見ても非常に高いことがわかります。実際、人口当たりのChatGPTの利用者数は日本が世界一です。
ChatGPTの開発を行う技術幹部で、日本生まれのシェイン・グウ氏は、「日本人はChatGPTの使い方がユニークで面白い。また、日本人は他の国と違って AIを恐れていない。それは、個人的にはドラえもんの影響が大きいのかなと思っている。AIと一緒に生きる世界がどのようなものなのかを幼少期からなんとなく理解している。これは世界でも独特だと思う」との見解を述べています。
IT業界の著名人も注目
ChatGPTは、IT業界の著名人からも高い注目を集めています。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏は、2023年3月21日の自身のブログ記事「AIの時代が始まった(TheAgeofAIhasbegun)」で、これまでの人生で革命的と感じた2 つのテクノロジーがあると語っています。1つは1980年にウィンドウズを含む現代のOS(オペレーティングシステム)の前身となった「GUI(グラフィカルユーザーインターフェース)」で、もう一つが2022年にオープンAIから紹介されたAIモデルのGPTだと記述しました。
ゲイツ氏は「GUI以来、最も重要な技術の進歩を目の当たりにした。AIの発展は人々のコミュニケーションのあり方を変え、産業界全体がこの技術を中心に方向転換するだろう。企業はそれをいかにうまく利用するかで、差別化を図ることになるだろう」との見解を示しています。
また、日本の人工知能研究の第一人者である東京大学の松尾豊教授は、「検索サービスがなくなる可能性がある。これまでには不可能だった専門的な業務を代行できるツールが多く誕生し、ホワイトカラーの仕事ほぼすべてに影響が出る可能性が高い」との意見を述べています。
ChatGPTを開発したオープンAI
オープンAIは、電気自動車メーカーテスラのCEOであるイーロン・マスク氏や、スタートアップ企業への投資・育成を行う有名なアクセラレーター「Yコンビネータ」のCEOを務めたサム・アルトマン氏など、複数の投資家によって2015年12月に設立された人工知能(AI)研究所です。
オープンAIの使命は、「汎用人工知能(AGI:ArtificialGeneralIntelligence)が人類全体に利益をもたらすこと」であり、当初非営利団体として設立されましたが、2019年に「利益上限付き」営利法人であるオープンAI LPも創設しています。
これは、AIの開発に必要となる莫大な計算処理にかかるコストや、最高峰のAI 人材を雇用するためには、純粋な非営利の形態では難しくなったからでした。オープンAI LPでは、投資額に対して一定の上限付きリターンを得られますが、これに対して投資を申し出たのがマイクロソフトでした。
マイクロソフトは、2019年7月にオープンAIに対して10億ドルの投資を行うと発表しました。2023年1月には今後複数年にわたってオープンAIに数十億ドル規模の投資を行うと共に、AI研究を加速させる専用のスーパーコンピューターを開発し、オープンAIに提供すると発表しています。
このような支援を実施する一方で、マイクロソフトはオープンAIが開発したさまざまな研究成果を独占的に提供できる権利を得ています。たとえば、同社のクラウドサービスであるアジュール上でChatGPTを提供したり、ChatGPTを検索エンジンのBingと統合したりするなど、さまざまなサービス連携を始めています。