ユニークな商品名の裏に綿密なマーケティング戦略
ちょっと風変わりな商品ネーミングはヤッホーの持ち味といえる。「よなよなエール」のほかにも、「水曜日のネコ」「インドの青鬼」「僕ビール君ビール」「正気のサタン」など、どれも思わずクスッと笑みがこぼれるような名前ばかり。22年に発売した、約10年ぶりの全国向けレギュラー商品に至っては「裏通りのドンダバダ」だ。パッケージにはルチャ・リブレ(メキシコのプロレス)のキャラクターが描かれている。
こうしたキャッチーなネーミングにはきちんとマーケティング理論の裏付けがある。そもそも創業者の星野氏は米国の名門、コーネル大学ホテル経営大学院で経営学を修めた経営のプロフェッショナル。星野流の経営術や組織論を読み解いた本も多い。その星野氏が創業者だっただけに、「ヤッホーの社内には学びの文化が浸透している。学びを支援するプログラムも多い。(名著『競争の戦略』を書いた、競争戦略論の第一人者)マイケル・ポーターの経営学は社員の間で広く共有されている」と、稲垣氏は星野氏譲りの社内カルチャーを説明する。
ネーミングにあたっては9つの「軸」がある。すべてを明かすことはできないが、「和」「月」「アート性」などが含まれている。一般的な商品マーケティングでは異例ともいえる「ユーモア」がしっかり盛り込まれているのは、ヤッホーらしさの表れだろう。つまり、飲む前から朗らかな気持ちに誘う商品名はきちんと戦略思考に基づいて、大真面目に練り上げられた「作品」だといえる。
一般的なビールの商品名では、製法や原料、味わいを端的に示す言葉が選ばれやすい。「一番搾り」「ザ・プレミアム・モルツ」「スーパードライ」などがそうだ。しかし、ヤッホーの銘柄には飲むシーンや気分を間接的にイメージさせるような名前が選ばれたものもある。たとえば、「水曜日のネコ」は「週の真ん中の水曜日はビール片手にちょっとゆっくりしてほしい」「ひとりでのんびり、ゆっくり気ままにネコのように飲んでもらえたら」という気持ちが込められているという。女性の飲み手に働きかける狙いもうかがえる。
大事な差別化ポイントとなるだけに、ネーミングは「かなりコンセプチュアルに決めている」(稲垣氏)。新商品のポジショニングや飲み手のセグメントを言葉に落とし込むのは、高度なマーケティングセンスが必要な作業だ。他社の缶と並んでも埋もれてしまわない、ポジティブな「主張」は欠かせない。意外感を呼び覚ます、クリエイティブなジャンプ(飛躍)も求められるだけに、名前の候補を広告代理店に頼むことは「絶対にない」。社内でじっくり議論して練り上げていく。消費者側から「こう、来たか」と面白がってもらえるようなネーミングも意図しているという。