世界気象機関(WMO)は、2023年7月7日に世界の平均気温が17.24度に達し、過去最高を記録したと発表。7月の平均気温も過去最高となった。国連のアントニオ・グテレス事務総長は「地球温暖化の時代ではなく、地球沸騰化の時代となった」と危機感を表明した。気温上昇は大気だけでなく、海にも及んでいる。海水温が異常に上昇する海洋熱波が増加、ペルー沖の海水温上昇によって起こるエルニーニョ現象による経済損失も懸念されている。いま海の環境は、人類が引き起こした環境破壊に加え、漁業資源の乱獲、プラスチックごみによる海洋汚染など、多面的な危機に直面している。
日本経済新聞社と日経BPは23年2月に「NIKKEIブルーオーシャン・フォーラム」を設立した。持続可能な開発目標「SDGs」で掲げられた17項目のうち、14番目である「海の豊かさを守ろう」にフォーカスし、海洋環境の保全と海産業の繁栄を目指すプロジェクトだ。NIKKEIブルーオーシャン・フォーラムの核となる取り組みは、年4回開催される「有識者会議」。様々な領域の専門家や海洋保全に取り組む企業の代表で構成され、海の課題を様々な観点から議論し、提言を行う。23年度は「水産資源や生態系の維持などに関する生物多様性」「海洋ごみの削減や利活用に代表される資源循環」「ブルーカーボンやファイナンスを対策として活用する気候変動」の3つをテーマに定め、事例を調査、深掘りしながら、3視点をつなぐシナジー(相乗効果)を見いだすことで、意見集約を図っている。
「海業」の取り組み注目
9月11日には「日経SDGsフェス」の一環として、「ブルーオーシャン・フォーラム」シンポジウムを開催した。今回のメインテーマは「産官学で取り組む海洋保全と繁栄」。外務大臣政務官(当時)の吉川ゆうみ氏の挨拶で始まり、「海を守るキーワード『海洋生分解性』の可能性」「海洋課題解決に向けた、企業とスタートアップの共創」「プラスチックリサイクルと海の循環経済」「モーリシャスの事例からみる途上国支援とブルービジネス」をテーマとするパネル討論、企業講演として「ニッスイの養殖事業」が行われた。
さらに今回、元環境大臣で衆議院議員の小泉進次郎氏をはじめ、インドネシア共和国のサクティ・ワヒ・トレンゴノ海洋水産大臣やフィリピン共和国のマリア・アントニア・ユーロ=ロイザガ環境天然資源大臣らを迎え、基調セッションを行った。海洋環境保全とブルーエコノミーの推進について、それぞれの国での取り組み状況や課題が紹介された。その中で小泉氏は日本版ブルーエコノミーである「海業(うみぎょう)」について言及。日本の持つ技術やノウハウを生かし、サステナブルなブルーエコノミー実現に向けて世界をリードしていきたいと述べた。
海洋環境保全は地球全体の課題であり、あらゆる垣根を超えた協働・共創が不可欠。NIKKEIブルーオーシャン・フォーラムでは、ZERIジャパンが大阪・関西万博に出展するブルーオーシャンパビリオンや、企業が共同して海洋環境保全に関する具体的アクションを実施するブルーオーシャン・イニシアチブとの連携などにより、今後も海の問題に関わる様々な情報を発信すると同時に、具体的な解決策の提言などを行っていく。
日本版ブルーエコノミー多岐に
【ブルーオーシャン・フォーラム要旨】
■開会挨拶
吉川 ゆうみ 氏 外務大臣政務官
海洋環境を保全し、その恵みを子々孫々に受け継いでいくことは責務であり、世界全体で取り組むべき重要なテーマだ。その取り組みの一つに海洋プラスチック汚染対策がある。2019年に開催された20カ国・地域首脳会議(G20)大阪サミットで、わが国は50年までに海洋プラスチックごみによる汚染をゼロにする「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」を提唱し、現在87カ国が共有する世界的ビジョンとなっている。先般のG7広島サミットで、10年前倒しを決めた。その実現には、海洋への流出が少ない廃棄物処理、海洋汚染につながらない代替素材など、実効的な対策が欠かせない。そうした取り組みを「日本モデル」として世界に発信し、グローバルな課題解決に貢献していく。
■ニッスイの養殖事業
田中 輝 氏 ニッスイ 執行役員 水産事業副執行 養殖事業推進部担当
ニッスイは1911年にトロール漁業から始まった。20年に民間企業初の研究機関、早鞆(はやとも)水産研究所を設立するなど、早くから研究開発に注力。30年代にはクルマエビの人工産卵に成功した。
77年米国・ソ連(当時)の200海里宣言を機に、主要事業だった遠洋漁業が縮小し、新たに養殖事業に着手。88年チリでサーモン養殖を開始した。現在ではチリ・デンマークでサーモンを、日本では、三陸・佐渡・境港でサーモン、九州でブリやカンパチ・クロマグロ・エビなどを養殖し、グループ全体で年間約4万2500トンを生産している。
2030年に向けた長期ビジョン「Good Foods 2030」で「豊かな海を守り、持続可能な水産資源の利用と調達を推進する」ことをマテリアリティー(重要課題)に掲げている。具体的には海洋環境の保全、海洋プラスチック問題への対応、水産資源の持続可能性、生物多様性の保全、持続可能な調達、環境負荷の低減が課題だ。これらの課題を解決しながら、持続可能な養殖事業を推進していく。
新たな養殖適地として沖合漁場に着目。いけすを水深20メートルに沈めることにより荒天によるリスクを回避している。IoT(モノのインターネット)や人工知能(AI)で管理できる体制も強化した。陸上の大型飼料タンクから遠隔で給餌するシステムの開発にも取り組んでいる。給餌船の二酸化炭素排出や労災リスクの減少が期待できる。
また、稚魚の天然資源への依存を減らすため、人工種苗化を進めており、22年宮崎の黒瀬ブリでは、100%人工種苗による完全養殖を達成。今後国内でカンパチの養殖などに横展開を図っていく。陸上養殖では、鹿児島でバイオフロックを活用したバナメイエビ養殖の事業化を進め、鳥取県米子市では地下海水を活用したマサバとトラウトの実証実験を行っている。デンマークでも丸紅と共同でダニッシュサーモン社へ出資をしており、24年には2750トンのサーモンを生産予定だ。ただ、陸上養殖はコストの低減、種苗や餌の開発、省エネなど解決すべき課題は多い。
海洋プラスチック問題では、養殖いけすで使用されるナイロンカバー発泡スチロール製のフロートを、24年度中にポリエチレンコーティングのフロートに全て切り替える。また、製品の流通過程での発泡スチロール削減にも取り組み、リユース可能な通い箱の導入や段ボールへの転換も拡大する。海業の振興モデル地区である岩手県大槌町では、藻場再生などにも取り組んでいる。世界の水産大手と科学者が連携した海洋管理イニシアチブ「SeaBOS」のメンバーとして、今後も地道な活動を積み重ね、業界全体が持続性の高い養殖を目指すよう、働きかけていきたい。
■海洋課題解決に向けた、企業とスタートアップの共創
阪本 拓也 氏 MOL PLUS代表
ヴィンセント フィリップ 氏 Plug and Play Japan 代表取締役社長
モデレーター 小宮 信彦 氏 電通 シニア・イノベーション・ディレクター 事業構想大学院大学 特任教授
小宮 海洋課題の解決は待ったなしの状況にある。同時にビジネスチャンスの宝庫。そこで企業はソーシャルイノベーションの事業機会にどう向き合うべきか。またその実現手段としてスタートアップとの連携を成功させるには何が必要か。
ヴィンセント Plug and Playはスタートアップに対して支援や投資を行っている世界最大級のイノベーションプラットフォームだ。これまでワールドワイドで約1800社に投資し、34社のユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)が誕生している。2017年に日本で拠点を開設し、900を超えるスタートアップの支援を行ってきた。
ソーシャルイノベーションは、地球環境を守るなど社会課題の解決が目的ではあるが、実際にスタートアップが動くには、マネタイズ(収益化)やインセンティブ(優遇措置)がないと難しい。またイノベーションを1社で起こすことは大変なので、オープンイノベーションが鍵になる。そして、その推進には政府機関や大企業などのリーダーシップが欠かせない。課題解決に向けて目標を共有し、実現に向けて共創していくことが重要だ。
長田 ヤンマーは「A SUSTAINABLE FUTURE」をパーパス(存在意義)に、「省エネルギーな暮らしを実現する社会」「安心して仕事・生活ができる社会」「食の恵みを安心して享受できる社会」「ワクワクできる心豊かな体験に満ちた社会」の提供を目指している。海洋に関する取り組みとしては、小型プレジャー船向けの電動推進機の販売、大型船舶向けではグリーン燃料を動力源とするエンジン開発などを行っている。
ソーシャルイノベーションは、コスト自体が社会全体に外部化されているので、収益化はとても困難な領域。やはり補助金など政府のバックアップがあって、時間をかけることが必要だと思う。またスタートアップとの共創を成功させるポイントは、理解と協調、そして忍耐。組織の構成や文化が大きく異なるので、正直大変だ。トップのコミットメントが欠かせない。
阪本 世界の海運需要は右肩上がりの状況にある。しかし安全や伝統を優先しがちで、変革への取り組みは遅れている。逆にいえば、海運業は可能性にあふれたブルーオーシャン。そこでビジネスチャンスを生かすため、商船三井からカーブアウト(分離・独立)してMOL PLUSを立ち上げた。
「海運業と社会に新しい価値をPLUSする」をコンセプトに、スタートアップへの出資・協業を通じて事業創出に取り組んでいる。
ソーシャルイノベーションにはインセンティブも必要だが、モメンタム(勢い)が重要だ。結果が出るまで時間がかかるので、事業化をやり遂げるんだという覚悟も必要だ。一方で、最近ようやく高速インターネットが船内で使えるなど、デジタル化が遅れていた海運業も転換点を迎えている。この機会を逃さず、技術を持つスタートアップとともに海運のデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでいるところだ。
小宮 スタートアップと共創する上での注意点は。
阪本 ヒト、モノ、カネのリソースをスタートアップとどう組み合わせていくか。スタートアップのスピード感に合わせた、意思決定スキームを事業会社側が構築して取り組むことが求められる。
長田 スタートアップの文化ややり方を尊重して進めることが大切。スタートアップの立場でプロジェクトに取り組める人材の育成も必要だ。
ヴィンセント プロジェクトにコミットする覚悟も大事だが、やめる勇気も欠かせない。またパートナーとして接する姿勢も大切だ。
小宮 マネタイズなど課題はあるが、ブルーイノベーションへの取り組みをより多くのステークホルダーとともに盛り上げていかなければいけない。
■基調セッション
小泉 進次郎 氏 衆議院議員 元環境大臣
サクティ・ワヒ・トレンゴノ 氏 インドネシア共和国 海洋水産大臣
マリア・アントニア・ユーロ=ロイザガ 氏 フィリピン共和国 環境天然資源大臣
マルシアル・カバネス・アマロJr. 氏 フィリピン共和国 環境天然資源省国際関係担当次官補
ミレーン・ガルシア -アルバノ 氏 フィリピン共和国 駐日大使
アナスタシア・クスワルダニ 氏 インドネシア共和国 海洋水産省 海洋漁業社会経済センター長
ジョン・チャヤント・ボエスタミ 氏 インドネシア共和国 駐日大使館 次席代表
モデレーター 小林 正典 氏 笹川平和財団 海洋政策研究所 上席研究員
小林 海の保全とブルーエコノミーの推進に尽力されているインドネシア、フィリピン、そして日本のリーダーの皆さんにメッセージをお願いしたい。
トレンゴノ 経済活動による汚染、生物多様性の損失など海洋環境は大きな危機に直面している。海洋環境保全はサステナブルな社会経済活動の前提条件。インドネシアはブルーエコノミーを通じて、戦略的かつ持続可能な海洋計画に取り組んでいる。既に2800万ヘクタール以上に上る海洋保護区を指定。2045年までに領海の30%に拡大する。水産資源をインプット管理からアウトプット管理へと転換し、責任ある漁業を実現し、漁業の持続可能性を追求する。インドネシアの海の恵みは国際社会に利益をもたらしている。関係各国に協力を求め、海洋環境の保全に取り組んでいく。
ロイザガ 海洋環境保全はSDGs(持続可能な開発目標)の中心的テーマ。22年12月に国連で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」で掲げた地球上の陸と海をそれぞれ30%以上保全する「30by30」の達成には、海の保護区を現在の4倍以上増やすことが必要だ。フィリピンでは海洋ごみの防止、削減、管理のための国家行動計画を策定。40年までにフィリピン海域のごみ流出ゼロを掲げている。海洋アジェンダの主流化と持続可能な海洋環境の実現に向けた行動促進を、日本をはじめとする関係者と協力して追求していきたい。
クスワルダニ 海洋保護区の面積を領海の30%に増やす取り組みによって、二酸化炭素(CO2)を吸収、削減することは、年間220億ドルに匹敵する価値があると考えている。また海洋環境保全対策のアウトプット管理への転換により、漁獲量は割り当て方式を採用。常時調査を実施して水産資源管理を確実なものにしていく。プラスチック廃棄物の回収など海洋環境整備を漁師と共に行うなど、政策の実効性を高める取り組みも推進している。
アマロJr. フィリピンでは持続可能な漁業を実現し、海洋生態系を保全する活動として、沿岸海洋エコシステム管理プログラムを推進している。森林の伐採、土地活用などに関わるものを統合して沿岸管理する「ICM(Integrated Coastal Management)」を重視したプロジェクトだ。そのほかサンゴ礁保護プログラムや使い捨てプラスチック撲滅キャンペーンなども実施している。海洋資源を守り、エコシステムを維持しながら、ブルーエコノミーを推進していく。
アルバノ フィリピンはより効果的な海洋環境保全とガバナンスについて、科学的証左に基づいた解決策を学び、持続可能な経済成長につながる開発で、沿岸地域社会の所得向上と1人当たりのGDP(国内総生産)向上を図っていきたいと考えている。それには違法、無報告、無規制な漁業(IUUF)対策が欠かせない。その一つとして、日本の技術協力も得て人工衛星を活用した海洋領域の監視に取り組んでいる。我々にとって日本の技術は不可欠であり、今後も強力なパートナーシップを期待する。
ボエスタミ 日本は貿易、インフラ、環境、観光など幅広い分野で技術協力をしてくれ、数多くの実績がある。その一つがジャカルタ漁港だ。40年前に始まった開発プロジェクトにより、同港は国内最大規模の漁港となり、300以上の企業が創業し、5万人以上の雇用を生み出した。戦略的なパートナーである日本との協力関係をさらに緊密化して、持続可能な海洋環境保全とブルーエコノミーを実現していきたい。
小泉 私は自民党の「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン推進議員連盟」(前・海洋プラスチック対策推進議員連盟)の会長を務めている。2019年G20大阪で議長国として故安倍晋三総理の下で共有された「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」の推進が目的だ。数年内に使い捨てプラスチックの規制に関する条約が合意できるだろう。日本のようにリサイクルインフラが整っている国は他にない。先行利益を得るという姿勢で、プラスチック廃棄物対策を通じて、海洋環境保全と同時にブルーエコノミーをリードしていくことが重要だ。
6月、石破茂自民党・水産総合調査会長の下で「海業(うみぎょう)振興勉強会」をスタート、座長に就任した。海業とは私の地元三浦市発祥の言葉で、海や漁村の地域資源全てを総合的に活用し経済効果を生み出す街づくりの概念。いわば日本版ブルーエコノミーだ。昨年水産基本計画で初めて取り上げられ、先の通常国会で漁港漁場整備法と水産業協同組合法の改正が成立、海業推進の下地が整った。海業を推進し、その枠組みやノウハウを世界に発信して共有化を進めていきたい。
海洋環境汚染は世界共通の問題だ。プラスチック廃棄物の最大排出国・消費国を含め、インド太平洋地域の平和と安定を考えた場合、関係各国が協力して解決に取り組まなければならない。非科学的な議論をやめ、科学的根拠に基づいた目標を定め、協働して海洋環境の保全、活用を推進する必要がある。
角南 今年日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)は友好50周年を迎えた。日本とASEANは海を介してつながっており、海をめぐる課題は協力して解決していく必要がある。我々が連携して取り組めば、サステナブルなブルーエコノミー実現のモデルが構築できると確信している。
■海を守るキーワード「海洋生分解性」の可能性
丹羽 弘善 氏 デロイト トーマツ グループ モニター デロイト ジャパン 執行役員/パートナー G&PS Sustainability unit Leader
六田 充輝 氏 ダイセル 執行役員 事業創出本部長
モデレーター 青木 慎一 日本経済新聞社 編集委員兼論説委員
青木 プラスチックごみの海洋流出問題の解決に向け、どのような取り組みを行っているか。
丹羽 海の持つ経済的・社会的・環境的価値のポテンシャルは大きい。例えば、ブルーエコノミー(海洋経済)は海洋生物資源から廃棄物処理まで幅広く、その市場規模は2030年に約500兆円に上ると試算している。しかし今、その海が危機的な状況にある。海洋に廃棄されたプラスチックは94%が海底に蓄積し、その結果、海洋上層のマイクロプラスチック(5ミリ以下のプラスチックごみ)の重量濃度は30年に現在の2倍、60年には約4倍になるとの示唆がある。生態系への影響が懸念される中、その解決策として、海中で分解される海洋生分解性プラスチックへの期待が高まっている。しかし国内における海洋生分解性プラスチックの生産量はプラスチック生産量の0.02%に過ぎず、その普及をいかにして進めるかが重要になる。そこで技術・製品の開発支援と同時に、海中廃棄物の再生市場をどうつくるかに、取り組んでいるところだ。
古田 段ボールを中心としたパッケージ製品を扱う当社としても、海洋プラスチックごみ問題への対応は喫緊の課題と位置付けている。課題解決の大原則はポイ捨ての防止と、使用済みの製品の3R(リデュース・リユース・リサイクル)対応である。つまりプラスチックごみを海に流出させないことだ。例えば、大きな容器包装は段ボールへの置き換えが有効である。段ボールはほぼリサイクルされており、当社での古紙利用率は、98%を超えている。またパッケージ製品以外でも、海洋生分解性プラスチックへの置き換えが進めば、意図せず海に流出してしまったとしても、環境負荷を大幅に低減できる。そのような考えから、マイクロプラスチックビーズの代替品として海洋生分解性を有するセルロース微粒子「ビスコパール」を開発、製品化した。ビスコパールは海洋でもしっかりと分解され、薬品や熱に対して安定しているのが特徴だ。今後、生分解性素材への代替も含め、プラスチックごみ対策の取り組みを拡大し、より多くのステークホルダーとの交流と事業共創により、持続性、実効性のある社会課題解決に取り組んでいく。
六田 ダイセルは木の主成分であるセルロースをベースに、様々な製品を開発している。その中の一つに「酢酸セルロース」がある。酢酸セルロースは他の生分解性プラスチックと異なり、弱アルカリの海中で比較的速く酢酸とセルロースに分離し、生分解が進む。既にフィルムや繊維などに使われており、可塑剤を添加することでプラスチック同様に射出成型や押出成型などが可能だ。現在広島県で実証実験に取り組んでおり、酢酸セルロース樹脂でつくった歯ブラシをホテルで使用し、それを回収して、カキの養殖用パイプに加工して再利用などを行おうとしている。海洋生分解性があるからといって、海に流していいわけではない。基本は流出させないことであり、その上で流出しやすいものには海に優しい素材を使うことで海洋環境を守ることが大切だ。
青木 生分解性素材普及への課題や取り組みについて。
古田 プラスチックごみによる海の汚染が危機的な状況だとの認識が必要だ。プラスチックごみの海洋流出を防ぐとともに、リサイクルしやすくする、モノマテリアル(単一の素材)化する開発がとても大切だ。
六田 海中生分解することがわかっているセルロースなどの材料をどういった製品に活用するか。生分解スピードが異なる素材特性や化学変成による機能付加などを考え、付加価値のある製品開発を進めていく。
丹羽 最終ゴールは陸上でのリサイクル。しかし通過点として生分解性プラスチックを使うことは理にかなっている。ただ、技術があってもコストが合わなければ普及しない。需要が多い容器などでの活用を進めると同時に、活用のインセンティブも必要ではないか。
■プラスチックリサイクルと海の循環経済
柏木 和馬 氏 神戸市 環境局長
加藤 彰 氏 デロイト トーマツ グループ モニター デロイト ジャパン 官民連携&ルール戦略責任者/シニアマネジャー
モデレーター 石川 雅紀 氏 叡啓大学 ソーシャルシステムデザイン学部 特任教授・学長補佐 ごみじゃぱん代表理事
石川 海洋プラスチックごみの課題解決のポイントは。
加藤 社会が相互作用で成立している以上、ごみ問題は社会の成員全員が解決すべきものだ。内陸部に住んでいても、川は海とつながっている。重要なのは2点。一つは社会価値と経済価値を両立させる目標の設定だ。廃棄物を減らす一方で、コミュニティーの活性化も含める必要がある。もう一点は、町を巻き込むこと。循環経済はリアルの場が大事であり、ルールをデザインする場合には企業、自治体、市民の全員参加で議論し、好循環をつくり上げていくことが重要だ。
石川 神戸市の取り組みを紹介してほしい。
柏木 2011年に容器包装プラスチックの分別回収を開始した。従来回収ごみの約4割を再生樹脂やパレットにリサイクルしていたが、市民の分別モチベーションは上がらなかった。そこで「まわり続けるリサイクル」と名づけた詰め替えパックリサイクルの構築に挑戦した。市内75店舗の店頭回収と市民への啓もう活動などで収集を効率化。それを市内4カ所の資源回収ステーションでも回収、リサイクラーが集約・選別し、メーカーが再資源化し、新たな詰め替えパックとして市民に供給するプロジェクト。プロジェクトには小売り4社、メーカー12社、リサイクラー2社が技術開発も含めて協働。回収量は右肩上がりで伸びており、資源回収ステーションには、交流コーナーや子どもの遊び場などを設置し、老若男女を問わず活用の輪が広がっている。
石川 企業と社会と個人が可能性を最大化し、バランスのとれた状態を「トレード・オン」と呼ぶが、神戸市の資源回収はトレード・オンの典型例だ。技術開発の点で花王が中心的役割を果たしている。
澤田 回収した詰め替えパックを花王の和歌山工場でフィルム化し、リサイクル詰め替えパックに活用している。当社は19年に策定したESG(環境・社会・企業統治)戦略で、これまでの原料から製品までの垂直統合から、廃棄処理まで責任を持つ体制に変革した。私が会長を務める「CLOMA」はプラスチックのサプライチェーンを担う企業の集合体で、現在503社が加盟し、13の自治体もオブザーバーとして参画している。CLOMAは50年までに容器包装プラスチックの100%リサイクルを目標にしているが、課題は多い。50年予想ではリユースが進んでも、400万トン弱のプラスチック廃棄物が出る。半分はリサイクルできても、200万トンは処理が必要だ。リサイクル率を上げるため、量・質・コストのイノベーションと、生活者の行動変容、産官学・自治体との連携が不可欠だ。
加藤 理想と現実とのギャップを埋めるには、数字で語ることが重要だ。人は数字で動く。
柏木 神戸市の場合は社会貢献意識で動いているが、もっと大きな仕組みとルールを作っていくことが必要かもしれない。
澤田 社会貢献とビジネスの両立は簡単ではないが、やるしかない。EU(欧州連合)ではプラスチックの資源循環で再生材を30%使うことを義務化、再生材の争奪が起きて、ビジネス化を後押ししている。日本らしい仕組みを考えていく必要がある。
石川 神戸市のプロジェクトで感じたのは、実践で関係者の意識が変わる点だ。ネットゼロを達成しながら海洋放出のプラスチックごみをゼロにする取り組みは高い目標だが、この討議を通じてその道筋が少し見えてきた気がする。
■モーリシャスの事例からみる途上国支援とブルービジネス
東条 斉興 氏 北海道大学水産科学研究院 助教
河口 眞理子 氏 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科 特任教授 不二製油グループ本社 ESGアドバイザー 公益信託 商船三井モーリシャス自然環境回復保全・国際協力基金 運営委員長
モデレーター 藤田 香 日経ESGシニアエディター 東北大学 グリーン未来創造機構/大学院生命科学研究科 教授
藤田 2020年7月、モーリシャス沖で貨物船「WAKASHIO」号が座礁し、油の流出事故があった。
渡邊 WAKASHIOは約1000トンの燃料油を流出させ、モーリシャスの自然環境に甚大な影響を及ぼした。事故の法的責任は船主だが、同船をチャーターしていた商船三井も社会的責任を負うべきだとの経営判断に基づき、現在までモーリシャスにコミットし続けている。新型コロナウイルス禍が一番深刻な時期だったが、事故直後から半年間にわたり交代で20人以上を現地に派遣。現地政府、事故現場周辺の住民、NPO(非営利組織)関係者に会い、現地のニーズを聞いて支援内容を検討した。油濁発生から1カ月後の9月にはモーリシャスの自然環境保護・回復支援、地域貢献を目的に約8億円を拠出する基金の設立及び現地駐在員事務所開設の計画を発表。現地NGO(非政府組織)が取り組む環境教育プロジェクトなど、多岐にわたる支援を行ってきた。当社とモーリシャスの関係は不幸な事故が発端だったが、この3年間で非常にポジティブなものへと変化した。
藤田 東条先生も当初から支援活動を進めてきた。
東条 北海道大学ではブルービジネスに必要な研究開発プロジェクトと中核人材育成プロジェクトを実施している。幸せの創造の「場」が経済であり、その継続のための活動が経営という原点に立ち返って未来をつくろうという考えをベースにしている。モーリシャスはアフリカの奇跡といわれる経済発展を遂げた国。しかし経済格差は拡大し、漁業や観光業など海に携わる人々は依然厳しい生活を強いられている。そこでモーリシャスの海を生かすブルービジネス創出に取り組んでいる。ブルービジネスでは、モーリシャスも日本も途上国。途上国双方が協力して課題を抽出し、新たな海の利活用を考え、協働プラットフォーム化していくことが重要だ。
藤田 河口さんが基金の運営委員長を受けた理由は。
河口 亡父が商船三井の社員だったことや、事故当時の副社長が私の学生時代の知り合いだったという縁がある。以前から私の専門であるCSR(企業の社会的責任)で接点があった。金銭で解決を図るのではなく、環境回復はもちろん、現地の社会課題解決の支援、日本の大学も絡めた長期プロジェクトまで、基金では考えていたので運営委員長を引き受けた。海運会社は海を道として利用しており、資源小国の日本はその道を通じて栄えている。今回のケースは日本企業がSDGsで市民セクターと協働したり、NGOやアカデミアと連携していく場合の示唆に富む先行事例だ。
藤田 商船三井のESGは事故対応を機に変化したか。
渡邊 ガバナンスが強靭(きょうじん)化すると同時に、幅広いネットワークを築けた。青い海と陸地の出合うところには必ずコミュニティーがあり、社会課題がある。私たちにしかできない環境貢献をこれからも追求していきたい。
藤田 途上国に対して必要なスタンスは。
東条 我々自身も発展途上という認識に立ち、海を共通のプラットフォームとして共に環境をまもり、資源を活用しながら未来を構築していく姿勢が重要だ。
藤田 旧来型の政府開発援助(ODA)は資金提供や技術支援が中心だった。
河口 従来、資金や技術の提供が国際協力・開発援助の中心だったが、SDGs時代は多様なパートナーシップで課題解決にあたる手法が求められる。海運会社は大資本でありグローバルにつながりを持っている。海業のスタートアップへの投資や、ナレッジの共有など、海を安全にシェアする水先案内人的な役割を果たせれば素晴らしい。
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