世界で10億人以上が苦しむ「顧みられない熱帯病(NTDs)」。熱帯・亜熱帯地域を中心にまん延する寄生虫や細菌による感染症で、失明などの重大な障害を引き起こす。経済や社会への影響が深刻である一方、流行は都市のスラム街や紛争地域に集中していることから、長らく世界からの関心も低く十分な対策がとられてこなかった。2023年10月16〜18日に開催される「第10回日経・FT 感染症会議」は新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的流行)の経験をふまえ、対策を支える次世代の人材の確保や育成についても議論する。初日のセッションに登壇する「NTDs Youthの会」代表の轟木亮太氏は大分大学医学部に通う4年生。NTDsの一つである狂犬病を研究する傍ら、NTDsに携わる医学部、獣医学部の学生と政策提言などに取り組む。「顧みられない」分野を自分のフィールドに選んだ背景などを聞いた。
学生生活と政策提言などの活動を両立
――ご専門について教えてください。
「現在、大分大学医学部の4年生です。2年前に、他の大学の薬学部を卒業して、2年生に編入しました。医師を目指したのは、前の大学の在学中に参加したプロジェクトでネパールを訪ねたとき、現地の狂犬病の深刻な状況を知ったことがきっかけです。大分大には狂犬病のウイルスを持つ微生物学講座があり、ここに所属しながら基礎研究に取り組んでいます。医学部の学生としては基礎医学や臨床医学の講義が一通り終わり、実習に向けた試験の準備をしているところです」
「23年5〜7月にフィリピンの感染症専門病院でインターンを経験したり、犬の狂犬病の診断についての研究に参加したりしました。そのほか、所属する日本熱帯医学会の学生部会で、全国の学生と連携して国内の狂犬病の歴史をまとめる活動などにも取り組んでいます」
――学外で幅広く活動していますね。
「学会に入っている医学部生は少ないかもしれません。日本熱帯医学会の学生部会は外部の講師を招いた講演会やイベントなど様々なプロジェクトを実施していて、今年、そこから有志を集めて『NTDs Youthの会』という政策提言や啓発を進める団体を立ち上げたところです。政治家や行政に市民の声を届けるウェブサイトを運営するPoliPoli(東京・千代田)がグローバルヘルス分野の課題に取り組む若い世代を支援していて、『Reach Out Project』という事業のサポートを受けて23年4月に政策提言をまとめました。『顧みられない熱帯病の根絶を目指す議員連盟』の提言にも反映されています」
ロマンがあって魅力的な分野
――なぜ「顧みられない熱帯病」に取り組むようになったのでしょうか?
「もともと文系よりも理系科目が得意だったので理系に進めればと思っていました。高校生の時にたまたま見た映画が感染症を題材にしていて関心を持っていたところ、祖父の知人で天然痘の撲滅に貢献した医師の蟻田功氏の話を聞く機会を得たんです。例えば、がんなら治療を受けられるかどうかはお金を持っているかどうかにも左右されますが、感染症は撲滅できればどんなに貧しい人でもかかることがなくなる。すごくロマンがあって魅力的な分野だと感じました」
「僕は中学、高校と英語が苦手でした。高校の修学旅行で海外に行ったことをきっかけに一念発起し、米国のスピーチイベント『TED』をスマートフォンで見て勉強しました。米マイクロソフト共同創業者のビル・ゲイツ氏が、次のパンデミックへの準備ができていないことに警鐘を鳴らすプレゼンテーションを聞き、そこに貢献できるような人材になろうと思いました。薬やワクチンの開発がカギを握ると考え、薬学部に進学しました」
――大学に入学して、国際協力の学生団体に入ったそうですね。
「当時、大地震からの復興中だったネパールのプロジェクトのリーダーを務めました。感染症はコミュニティーでの対策がゴールになります。現地でコミュニティーハウスを再建しながら、実際にそこに住んで生活の様子を見て回りました」
「すると日本では過去の病気と思われている狂犬病が現地ではありふれていて、人も犬もワクチンさえ打てば防げるのに多くの人が亡くなっている。そこで実際に苦しむ人を目の当たりにしたことで、医師として貢献したいと考えるようになり、薬学部を卒業後、医学部に入り直したんです。多くの人が選ぶ分野で競争するよりも、人材を必要としているニッチな分野で活躍したいという思いもありました」
チャットツール「Slack」きっかけに学会入会
――医学部に移った年に新型コロナの流行が始まりました。
「感染症の流行がここまで社会的なインパクトをもたらすことに衝撃を受けました。市民とのコミュニケーションの在り方や、感染予防と経済活動のバランス、政府と専門家の関係。難しい部分もいくつも見えてきて、自分の無力さを感じました。大分には友人もほとんどおらず、オンライン授業になってしまったこともつらかった」
「半面、オンラインでのコミュニケーションが広がったことで、いま活動している狂犬病やNTDsに関する全国の学生のつながりが生まれた面もあります。日本熱帯医学会に入ったのは、チャットツール『Slack(スラック)』に医学部生がコロナ禍で立ち上げたコミュニティーがあって、そこで学生部会立ち上げの呼びかけを見たことがきっかけでした。その後、感染対策も緩和され、学会で様々な活動に携わったり、研究に関わらせてもらったりするなかで物理的な距離を超えて刺激し合う関係を築けていると感じます」
――「NTDs Youthの会」は法人化すると伺いました。
「一般社団法人の登記を申請しています。助成金を獲得するということであれば、任意団体のままでもよかった。法人をつくるのは大変なことで、(法人化で)本気度を示すという狙いを込めています。また、NTDsの問題は国外が主戦場です。海外で活動するうえで体制を整える必要もありました」
「法人化することで、企業などの法人同士のパートナーシップも考えていきたいと思っています。例えば、狂犬病はワクチン接種が非常に重要になる。スマホを使って犬の接種状況を確認できるようにしたり、効率的にワクチンを輸送する体制を築いたり。新型コロナの流行でも、感染症分野は医薬系の企業以外にもいろいろな事業の可能性があるということが見えてきました。『NTDs Youthの会』の活動を通じて多くの人に関心をもってもらい、気軽なディスカッションの窓口となってイノベーションのきっかけもつくっていきたいと考えています」
「人間の根本的な幸せ」原体験に
――次世代の人材確保・育成という点で、NTDsの抱えている課題は。
「グローバルヘルスや熱帯医学の分野は、若いころに関心を持つ人は多いそうです。特に女性が多いといわれ、ライフイベントとの兼ね合いや途上国で活動することがハードルになっている面があるとも聞いています」
「感染症の分野に興味を持っている若者は、海外を旅することが好きな人が多いという話もあるんです。感染症に携わる仕事は、困っている人を助けて素晴らしいとよく言われますが、自分としては慈善活動をしている感覚はありません。ネパールで暮らしたときは、水もくみに行かないといけなかったですし、洗濯も手で洗いますし、一日中忙しかったのですが、そういった暮らしが楽しかった。人間の根本的な幸せを感じたことが原体験になっているような気がします」
(聞き手は若狭美緒)