「凸版印刷さんが何をして下さるのかな」。大津市の健康保険部長寿政策課の原田真弓主査は首をかしげた。2021年のころだ。原田さんたちは高齢者の健康状態を細かく把握、改善に向けた健康指導を手掛ける新たな行政サービスを模索していた。そんな矢先に凸版から訪問を受けた。
社名に「印刷」が付く凸版。その会社が手掛けるヘルスケア事業とはどんなものか。意外な組み合わせに見えるが情報、データを扱い、セキュリティーに細心の注意を払う点は同じだ。凸版の源流は大蔵省印刷局(現国立印刷局)。印刷技術が漏れれば一大事。秘密を守るDNAは今も引き継がれている。
凸版は行政が保有する健康診断の結果や医療レセプトのデータを分析し、「見える化」するシステムを開発した。「健診・レセプトデータをお預かりして加工し、新たな価値を生み出すことで医療分野の社会問題を解決する」(倉重達一郎事業開発本部ヘルスケア事業推進センター長)のが狙いだ。
大津市は滋賀県全体と比較して男性は糖尿病、肝疾患、女性は肺がん、乳がんの割合が高い。地域(地区)に落とし込み、そこで得たデータを基に健康指導に役立て、健康寿命の延伸を目指す。
例えば、地区ごとに疾病状況や医療費などのデータから新たな保健事業の作成、立案をする。医療費、介護費の地域別・特性の有無、骨粗しょう症の多い地域はどこか、郷土料理と疾患との関係はあるのか、起伏のある地域では転倒によるケガが多いのかなどを「見える化」することで解決の糸口をつかむ。大津市役所にはいくつかの自治体からの問い合わせがあり、関心の高さをうかがわせている。
データを効率よく収集するには住民の協力が不可欠だ。健康診断の受診率を高めるノウハウが凸版にはある。多くの人が手にしてくれる魅力的なチラシの作製、チラシを見ない人にはコールセンターを活用し健診を知らせる。最近はSNSも活用する。
匿名加工した医療データ活用のノウハウは、生命保険の商品設計や、製薬会社や食品メーカーでの薬・サプリメント開発などにも生かせるという。医療ビッグデータの可能性は広がり、各方面の社会課題の解決策を導き出す。印刷という情報を刻んできたテクノロジーが令和の時代にデータから価値を創る素地となっている。
(編集委員 田中陽)
凸版印刷・麿秀晴社長 印刷で培ったマーケティングとデジタル技術
凸版印刷は営業利益の約25%を占める重点事業分野を2026年3月期に55%まで拡大する計画を持っています。そのけん引役の1つがヘルスケア事業です。印刷テクノロジーをベースにした「DX(デジタルトランスフォーメーション)」と「SX(サステナブルトランスフォーメーション)を駆使し、この事業を通じて社会のお役に立ちたいと思います。
20年に事業活動を通じたSDGsの取り組み「TOPPAN Business Action for SDGs」を策定し、「革新的なデジタル技術による健康への貢献」を盛り込みました。自治体向け保健医療データ分析ツールは、その第1弾です。将来的には人工知能(AI)を活用し、蓄積されたデータによる疾病や介護状況の予測などを行えるようにしていきます。
こうした事業が可能なのは凸版の各種事業が取引先の困りごとをしっかりと聞き、その解決策を提供してきた実績があるからです。印刷、教育、包装・容器、文化財保護、エレクトロニクスなど、どの分野でもデータ分析を行い、取引先のために2つとして同じ物を作らない、カスタマイズされた解決策を提示してきました。ヘルスケア事業もそうした中から生まれたのです。
健康寿命の延伸は本人だけでなく、家族、地域社会、地方自治体、そして日本にとってもかけがえのない、「良いこと」にほかなりません。すべての人、社会のためのSDGs実現につながります。凸版の総合力は、SDGs、ESG(環境、社会、ガバナンス)に沿った市場を創造し、マーケティングによって関係者を巻き込む力があります。印刷テクノロジーのノウハウはソフト・ハードに展開され私たちの生活に溶け込んでいます。