節電に節水、エコバッグの持ち歩き、自転車や徒歩の移動――。持続可能な開発目標(SDGs)に向けた取り組みには、どこか「我慢」のイメージがあるかもしれない。「誰かが我慢していたら持続可能にならない」。そう指摘するのは、運動や勉強などの続けたいことをゲーム感覚で習慣化できるアプリとしてダウンロード数が130万を突破した「みんチャレ」を提供するエーテンラボ(東京・中央)最高経営責任者(CEO)の長坂剛氏だ。2023年5月に東京で開催した日経SDGsフェスのパネル討論にも登壇した長坂氏に、SDGsへの取り組みを加速するヒントを聞いた。
導入した日立健保では約半数が禁煙に成功
――「みんチャレ」はどんなアプリですか。
「アプリをダウンロードした利用者は、ウオーキングや早起きなど同じ目標に挑戦するメンバーが集まるチームに参加して、チームのチャットにその日に取り組んだことに関係する『チャレンジ写真』を投稿します。投稿した写真に表示される『OK』のボタンをメンバーがタップするとチャレンジが承認される仕組みです」
「チャットではチャレンジ写真以外の写真やコメントもやり取りできます。メンバー全員がチャレンジ写真を投稿できたときなどに『コイン』がたまり、スタンプや壁紙と交換できる機能もあります。チームで一緒に取り組むことで三日坊主になるのを防ぎます。各チームに1匹、猫型のキャラクターのチャットボットが入っていて、投稿を促したり、チームの取り組みをほめたりするなど、習慣化を後押しする様々な仕掛けをちりばめています」
「アプリを活用して、企業や自治体向けに禁煙や高齢者のフレイル(虚弱)予防の事業も手掛けています。22年に禁煙プログラムを導入した日立健康保険組合(東京・千代田)では、参加した従業員515人のうち49%の248人が禁煙に成功し、禁煙外来での成功率といわれる31%を大きく上回りました。禁煙プログラムは成功した人数に応じた料金体系で、例えば、200人なら数百万円程度。喫煙による肺がんなどで年間1兆円以上の医療費がかかっているという推計もあります。医療費適正化の観点から禁煙対策が求められ、企業健保からの引き合いが増えています」
ゲームに熱中する仕組みを応用
――アプリをダウンロードしてチームに参加してみました。チャットは交流サイト(SNS)のような感覚で投稿でき、猫型のキャラクターからの書き込みも楽しいです。
「チャット形式にも猫にも習慣化を促す意味があります。アプリの開発は心理学やゲームに熱中する仕組みを応用する『ゲーミフィケーション』など、何か新しい行動を始めて続けさせるのに有効とされる理論に基づいて進めています」
「ポイントは3つ。習慣化に重要なのは個人の努力や気合ではなく『環境』だといわれています。周りが取り組んでいれば自分も取り組むようになる。みんチャレでは必ずチームに参加するようにしました。次に写真を撮って投稿することで、自分の行動に意味があると認識する。そこにフィードバックがあるのも大切です」
「ゲーミフィケーションでは自分の行動に対して反応があると次の反応が気になってゲームにはまっていくとされていますが、次第に慣れて飽きてしまう。予想ができないフィードバックが続くものとして人と人との会話に注目し、チャット形式にたどり着きました。チームの人数もいろいろテストして、一番チャレンジが長続きした5人に落ち着きました。2人だとすぐにリアクションがないことがあり、続かなくなってしまう。10人だと心理学でいう『社会的手抜き』という現象が起き、自分の責任が軽く感じてさぼるようになるんです」
「三日坊主は全人類の課題」
――なぜ習慣化アプリを開発しようと考えたのでしょう。
「大学卒業後、ソニーに入社し、BtoB(企業向け)の営業などを経て家庭用ゲーム機『プレイステーション』のネットワークサービス事業に携わっていました。元々ゲームが好きで、もっとゲームで世の中を幸せにできないかと考えたんです。どうすれば人は幸せを感じるのか、学術論文などを調べると、積極的に行動できているときに自分はできるという自己効力感が高まり幸せだと感じるという研究を見つけました。ところが誰にヒアリングしても、なかなか行動を続けるのは難しいと言う。三日坊主は全人類の課題だと思いました」
「ゲーミフィケーションはプレーヤーがゲームにはまるようにしてどんどん行動させて幸せにするものです。そこで誰もが肌身離さず持っているスマートフォンを使って、ゲームを応用したアプリを提供しようと考え始めました。その後、ソニーの新規事業創出プログラムに採択され、15年にみんチャレをリリース。17年にソニーから独立しました」
――禁煙やフレイル予防など、健康にかかわる分野に注力しています。
「日本の40歳以上の3人に1人が生活習慣病の一つである糖尿病かその予備軍といわれていて、社会問題となっています。私は就職してすぐのころ、父を脳幹梗塞で亡くしました。高血圧や脂質異常症で病院にかかっていたのですが、生活習慣の改善には取り組んでいなかった。改善すれば確実に病気の予防やコントロールができるのに、なかなか続けることが難しい」
「みんチャレをリリースした当初は、勉強やダイエットなど幅広く習慣化をうたっていました。ただ、有料のプレミアムサービスの利用者を分析すると、勉強して資格試験に合格したりダイエットしてやせたりした人は1年ほどでやめてしまう。2年、3年とずっと続けているのは生活習慣病のための行動に取り組んでいる人々でした」
――みんチャレは健康と親和性があったんですね。
「健康に関する悩みはオープンにしにくく、孤独になりがちです。みんチャレは同じ状況の仲間とチームをつくるので相談したり弱音を吐いたりできて楽しい。必要な場所として使っていただけていることがわかったので、ヘルスケアの分野に重点的に取り組むことになりました」
「例えば、太っている人が少ない集団にいると自分も太らず、反対に太った人が多ければ太っていくという研究もある。自分が行動を変えれば自分が健康になれるだけでなく、社会に影響を与えて、SDGsの達成にもつながる可能性があります」
スタートアップがSDGsに取り組む意味
――SDGsは「我慢」のイメージも根強いです。
「SDGsはサステナブル(持続可能)であることが重要で、誰かに無理を押しつけるやり方では続きません。弊社もビジネスとしては禁煙やフレイル予防などのゴールを重視しますが、利用者に対しては楽しいプロセスを提供したい。楽しく続けて『気づいたら禁煙できました』となるといい」
「高齢者がアプリを使ってデジタルデバイド(情報格差)を解消できれば、SDGsの目標10『人や国の不平等をなくそう』につながるし、課題を抱える当事者同士が連携して取り組むスタイルは目標17の『パートナーシップで目標を達成しよう』にも通じます。みんチャレには節電やリサイクルなどSDGsに関するチームがいくつもあり、IT(情報技術)を使えば同じ体験を1000万人でも2000万人でも提供できます。成長を目指すことで、世の中に大きなインパクトを与えられる。そこにスタートアップがSDGsに取り組む意味があると思っています」
(聞き手は若狭美緒)