ひらめきブックレビュー

トップアスリートに学ぶ 自分の「身体」との向き合い方 『ルポ 筋肉と脂肪 アスリートに訊け』

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ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の試合をテレビで観戦しながら、選手たちの盛り上がった肩やユニホームが張るほど太い脚に圧倒された。しなやかでパワフルな投球やスイングを繰り出す身体は、彼らが食べたものからできている。ここぞという場面で問われる精神力は、その身体に宿る。

本書『ルポ 筋肉と脂肪 アスリートに訊け』は、「身体表現の究極」を生きるアスリートたちの身体とそれを作り上げる食事や環境に光を当てる。相撲部屋の親方、希代のプロレスラー、公認スポーツ栄養士、箱根駅伝強豪校の選手の食事を担う寮母など、アスリートやそれを支える人々を足かけ5年にわたって丹念に取材したルポルタージュだ。著者は食文化や暮らしなどをテーマに執筆活動を続けるエッセイストの平松洋子氏。

競技ごとに多様な食

アスリートの身体は、競技によって大きく異なる。なかでも特徴的なのは大相撲だろう。著者は2019年に尾車部屋(当時)に第22代押尾川親方(元関脇豪風)を訪ね、稽古を見学。四股やすり足といった地味な鍛錬の様子に加え、「部屋の味」であるちゃんこ鍋に注目する。

ちゃんこ鍋は、すべての栄養素が摂れ、調理時間が短く片付けも簡便、ご飯をより多く食べられる「相撲部屋の食事のかなめ」だ。15日間の過酷な本場所を戦い抜くため、稽古のみならず、食事、睡眠、環境を整え、筋肉と脂肪の両方を身体につけることが、相撲における勝つための「戦略」という。一方、豪快に作られるイメージとは異なり、きれいな形に整えられた小ぶりの鶏だんごと味噌のさじ加減など、丁寧で繊細な調理の様子も興味深い。

アスリートたちは、プロテイン、アミノ酸やビタミンのサプリメントなども、時間や量を緻密に管理し、効果的に取り入れる。一口にアスリートと言っても、見られる身体を作るプロレスラーから長距離ランナーまで、その食生活は多様だ。

「変化できなければ厳しい」

アスリートの食べる量や緻密な栄養管理を知ると、自分の身体も気になってくる。著者は好奇心から1万7000円を払って「腸内フローラ検査」を受けたという。ところが、結果について医師に話を聞くと「結果の数字には意味がない」との返事。100人の健康体があれば、100通りの腸内環境とバランスがあるからだ。

腸内フローラ検査に限らず、数値化によってわかることもあれば、わからないこともある。自分の身体は「主体的に判断する」に尽きるという医師の言葉に、私自身はっとさせられた。

マツダ陸上競技部の長距離ランナー山本憲二選手の語る「トップアスリートの条件」も印象的だ。「変化できなければ厳しい」と述べる。常に変化する情報や環境などに合わせて、柔軟に自身をアップデートする。これはビジネスの最前線で働く人も同じだろう。

アスリートたちの言葉や行動には含蓄があり、それを読み解く著者の視点は示唆に富む。食を通じ、自分の身体とじっくり向き合いたくなる一冊だ。

今回の評者 = 前田 真織
2020年から情報工場エディター。08年以降、編集プロダクションにて書籍・雑誌・ウェブ媒体の文字コンテンツの企画・取材・執筆・編集に携わる。島根県浜田市出身。

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