ひらめきブックレビュー

トヨタはEVで出遅れたか 「全方位戦略」の是非を問う 『トヨタのEV戦争』

競争戦略 ものづくり EV

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

トヨタ自動車と言えば、世界販売台数1位を誇る巨大自動車メーカーである。世界の自動車市場はコネクテッド化や自動運転など「CASE」と呼ばれる技術変革が進行中だが、電気自動車(EV)化については一部でトヨタの出遅れが指摘される。

本書『トヨタのEV戦争』は、激変する自動車業界におけるトヨタの現在地を示し、特にEV戦略の取り組みと今後の課題を明らかにするとともに取るべき対策を提言する。著者はナカニシ自動車産業リサーチ代表アナリストの中西孝樹氏。

「全方位」の前にEVが最優先

世界のEV普及率は地域差もあり、先が読みにくいと言われてきた。しかし、2020年以降、各国の環境政策は激変し、先進国のEVシフトは想定以上に進んだ。実際、米テスラの急成長や中国の新興EVメーカーの台頭に驚いている人は多いだろう。

その中でトヨタは環境対応車の戦略として「マルチパスウェイ(全方位)」を掲げてきた。EVだけでなく得意とするハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、燃料電池車などのすべてを開発・販売する戦略だ。著者はこの戦略について、多様な選択肢を同時に追求し、地域ごとの現実に沿ったソリューションを提供できると評価する。一方、インフラの発展や欧米各国の政策などから、他の環境対応車より先にEVの時代が訪れると予想。EVが最優先課題だとも指摘する。

日本にいると感じにくいが、中国をはじめ世界各国では、デジタル化によって自動運転、コックピット、エンターテインメントなどをウリにするスマートフォンのようなクルマ、すなわちSDV(ソフトウェア・ディファインド・ビークル/ソフトウェア定義車両)が人気を高めているようだ。著者の言葉を借りれば「保守的すぎる制御や安全性」にこだわりがちなトヨタが、今後、どこまでユーザーの期待に応えるEVを作れるかが問われている。

EV構成比は2035年に38%

本書はトヨタのEV戦略だけでなく、経営を多角的に評価する。豊田章男前社長が主導してきた改革、人事戦略、さらに23年4月に発足した新体制についても解説する。

世界の競合各社にも目を向ける。米テスラの革新的な生産手法、北米市場で躍進する韓国の現代自動車グループ、日本市場に参入した中国BYDなどの主要メーカーを分析。国内メーカー各社についても戦略や立ち位置を明らかにする。世界販売に占めるEVの構成比については、22年の10%から、35年には38%まで伸びると予想。広範かつ複雑で変化の激しい自動車業界について具体的な数値を示せるのは、著者が長年にわたり業界の最前線を見てきたからだろう。

トヨタが直近、EVシフトに必要な意思決定を進めてこなかったように見えることについて、著者は意見できる立場にあった自身にも責任があると記す。だからこそ本書は、トヨタをはじめ国内自動車メーカーに向けた叱咤(しった)激励とも受け取れる。

今回の評者 = 前田 真織
2020年から情報工場エディター。08年以降、編集プロダクションにて書籍・雑誌・ウェブ媒体の文字コンテンツの企画・取材・執筆・編集に携わる。島根県浜田市出身。

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

競争戦略 ものづくり EV

閲覧履歴

    クリッピングした記事

    会員登録後、気になる記事をクリッピングできます。