ひらめきブックレビュー

タイガー・ウッズも「半やめ」 やめることの効用説く 『QUITTING(クイッティング) やめる力』

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仕事から結婚生活、趣味や習い事まで、生きていく上で「やめる」選択が頭をよぎることは多い。だが、すっぱりと何かをやめることは案外難しいものだ。どこかで「やめることはよくない」と感じてしまう。

本書『QUITTING(クイッティング) やめる力』(児島修訳)は、やめることへの肯定感を高める1冊だ。進化生物学や神経科学の知見を引きながら「クイット=やめること」の正当性を説くとともに、忍耐や我慢強さが重視されるようになった背景を探る。エジソンやダーウィンのような歴史上の偉人から著者ジュリア・ケラー氏の知り合いの知り合いという一般人までの、多彩な「やめる」エピソードも紹介している。

著者はピュリツァー賞を受賞したジャーナリストで小説家。大学で教壇に立った経験もあるが、現在は執筆以外の活動はやめている。

『自助論』の影響

著者はまず、自然界の動物の行動原則を示す。例えば、鳥に餌を与える実験がある。鳥が好む色のカップと好まない色のカップを用意し、好む色のカップの餌は簡単についばめないよう細工した。すると鳥は短時間のうちに好きな色をあきらめ、好まない色のカップへ向かったという。生存戦略において「あきらめ上手」であることは合理的な姿勢だ。

本来的には人間も同様だと著者は示唆する。加えて人間の脳は、ある活動をやめて別の活動を始めるときに活性化するという研究があるそうだ。脳は新しい挑戦によって成長するという本書の指摘を知ると、次々と行動を変える人への見方が変わってくる。

しかし、なぜやめることに否定的な印象を抱いてしまうのか。著者が注目するのは1850年代後半に発表されたサミュエル・スマイルズの『自助論』だ。成功者の伝記を集め忍耐力や自助努力の大切さを訴えたもので、当時大変な人気を博した。これが「辛抱強く努力することは素晴らしい」との価値観を人々の意識に植え付けたと著者は分析する。

1冊の本によって社会全体の価値観が変わるとは驚きだが、現代も「グリット」などやり抜くことを肯定する言葉は、自己啓発書などでよく目にする。書籍、メディアの影響は侮れない。

緩やかな「半やめ」

もちろん、やめることが常に正解ではない。やめることを選択肢の1つに加えておくべきだ、というのが著者の主張だ。それでもやめることに抵抗があるという人は、半やめ(セミ・クイット)という考え方が有用だ。

ゴルフ界の偉大なチャンピオン、タイガー・ウッズは2021年に交通事故で重傷を負い、復帰した年のマスターズ・トーナメントでは47位に甘んじた。だが、彼は「最後までプレーできた」ことに深く満足していたようだ。ウッズはゴルフ自体をやめてはいないが、「1位になることしか受け入れない」というスタイルを手放した。これが半やめだ。

数々の事例を通して感じられるのは、やめるとは「これしかない」と思わずに柔軟に生きるということだ。やめることと軽やかに向き合えば、人生がもっと豊かになるという本書のメッセージが深く響いた。

今回の評者 = 戎橋 昌之
情報工場エディター。元官僚で、現在は官公庁向けコンサルタントとして働く傍ら、11万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。大阪府出身。

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