ひらめきブックレビュー

宇宙ベンチャーが米国で躍進する理由 社会でリスク分散 『宇宙ベンチャーの時代』

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宇宙ベンチャーが躍進している。象徴的なのは、イーロン・マスク氏が経営する米スペースXだろう。同社の提供する通信サービス「スターリンク」は、ウクライナ戦争で同国の通信インフラの一部が使えなくなった際に、その機能を代替して話題になった。民間企業の技術が国家の窮地を救うという、少し前までなら考えられなかった事象が起きている。

国家規模の予算が必要となる宇宙分野において、民間しかもベンチャー企業がなぜ躍進しているのか。その理由を明かすのが本書『宇宙ベンチャーの時代』だ。日米における宇宙ビジネスの広がり、社会体制や開発スキーム、経営リスクや法規制等を解説。活況を呈する宇宙開発の舞台裏を伝えている。

著者の小松伸多佳氏は投資会社イノベーション・エンジンのキャピタリストで、後藤大亮氏はJAXA(宇宙航空研究開発機構)主任研究開発員を務める。

米国で盛り上がるニュー・スペース

ベンチャー主導で宇宙開発が進む潮流を「ニュー・スペース」と呼ぶが、この流れに一役買ったのが米航空宇宙局(NASA)による宇宙ベンチャー育成プログラムだ。特に、COTS(コッツ、商業軌道輸送サービス)は画期的な取り組みだった。スペースシャトルの代わりに、国際宇宙ステーション(ISS)への輸送サービスを民間企業に開発させたのだ。

このプログラムが秀逸だったのは、長期にわたる具体的な発注が約束されるので企業側はその開発に注力し、うまくいけば利益が上がる仕組みだったこと。さらにNASAから技術移転のほかに資金補助も受けられるとあって、企業からするとまたとない成長機会であったと著者はいう。冒頭に挙げたスペースXもCOTSで選定され技術力を高めた。

もう1つ興味深いのは、米国に見られる「社会全体によるリスクの分散処理」だ。宇宙ビジネスはただでさえリスクが高い。起業家に集中しがちなリスクの一部を、顧客や従業員、投資家などが分担しているという。例えば、宇宙旅行の搭乗客は死亡事故が起きても規定を超えた損害賠償請求はしないと契約したり、従業員はストックオプション(株式購入権)を得る一方で解雇や減俸のリスクを受け入れたりする。社会がリスクを引き受ける体制が新しい産業の成長を促している事実は、本書でも特に強調されていることだ。

日本もリスクを取って後押しを

日本では2008年に「宇宙基本法」が制定されて以降、商業宇宙開発に向けた法整備が進んでいる。JAXAが民間に技術を支援する試みもあり、宇宙ベンチャーを育てる機運は高まっているそうだ。日本社会は失敗に厳しいとよく言われるが、宇宙産業のさらなる後押しのためには、米国のような「リスクの分散処理」を参考にすると良いのだろう。

最後に、日本の大きな構想を紹介したい。軌道上に太陽光パネルを浮かべて、発電した電力を地上に伝送する「宇宙太陽光発電」だ。宇宙には曇りがないので、24時間365日安定してクリーンな発電が可能となる。再エネ時代に向けて夢のある話だが、実現するベンチャーは現れるだろうか。本書から宇宙開発の可能性を感じてみてほしい。

今回の評者 = 渋谷 祐輔
情報工場エディター。機械部品の専門商社を経て、仲間と起業。東京農業活性化ベンチャーを掲げ、小売店・飲食店の経営、青果卸売などに取り組む。徳島県出身。

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