私の周りでは70代の両親世代は元気で、旅行やグルメに精力的だ。家族に限らず、「若い世代にはかなわない」というような、ステレオタイプな高齢者にはめったに出会わない。
本書『消齢化社会』によると、この感覚は間違っていないようだ。過去30年間で私たちの意識、好み、価値観について、年齢による違いが小さくなっているという。本書はこの傾向を「消齢化」と名付け、変化の背景から未来予測までを識者の見解も交えながら考察する。
根拠になったデータは、本書を執筆した博報堂生活総合研究所(広告会社の博報堂が1981年に設立したシンクタンク)が92年から2年に1度実施してきた「生活定点」という意識調査だ。「ハンバーグが好き」「海外の出来事に関心がある」などの項目を20〜69歳の男女に聴取し、結果を蓄積してきた。
スマホを使い、離婚には寛容に
「携帯・スマホが生活に欠かせない」と考える60代は、この10年で倍増して6割近くになったという。40代以下では8割近いためまだ開きはあるが、高齢者が「若者らしい」意識になっていることがわかりやすい調査項目だ。背景には、ネット通販や決済アプリなど、便利な生活インフラが全年代へ普及したことがあると本書はみる。
一方、離婚はすべきでない、子どもは両親の介護をすべきだといった項目では、全年代で低下している。特に60代の下がり幅が最も大きい。「こうあるべきだ」という伝統的な価値観が高齢者の中から消えていっているのだ。
戦争体験のある世代が80代以上となり社会における存在感が薄れる一方で、若者と高齢者がバブル崩壊以降の「失われた30年」を共有し、年功序列の崩壊や晩婚化といった社会の多様化を経験してきたことが理由だと分析する。従来の価値観が変わり、老若の歩み寄りが起きている。世代を縛っていた固定観念から解放され始めた、と考えればすがすがしい傾向だ。
自由で明るい未来
私が衝撃を受けたのは、20代から60代までの5人が自分で撮影した外出着の写真だ。全員がジャケットにパンツの「ジャケパン」スタイルで、首から下を見る限りでは年齢の区別がつかない。
この現象は単純な「同質化」とは違う点に注意したい。ジャケパン以外の服装が好きな人も各年代に当然いる。年齢に縛られずに「好き」を追求できるようになった結果、年代を超えて同じような考え方、趣味嗜好の人が見つかるようになったのだ。
消齢化はマーケティングにも示唆をもたらす。「デモグラフィック属性(年齢、性別などの人口統計学的な属性)」のセグメンテーションが効かなくなるかわりに、年齢を縦断する「タテ串」の発想が可能になるのだ。本書では3世代でシェアするファッションなどの新しいアイデアが紹介されている。
「年相応」はいずれ死語になるだろう。40〜50代の中年世代は、若者と高齢者の両方をつなぐ触媒になるというが、夢のある話ではないか。少子化で人口が減っても、年齢という呪縛から自由になり同好の士が増えるなら、未来は十分に明るい。
情報工場エディター。元官僚で、現在は官公庁向けコンサルタントとして働く傍ら、11万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。大阪府出身。