ひらめきブックレビュー

「思考の飛躍」でアイデアを実現 現代アート創作を応用 『イノベーション創出を実現する「アート思考」の技術』

イノベーション スキルアップ

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「○○思考」という言葉を、ビジネス書のタイトルなどでよく見かける。最もよく知られるのは「デザイン思考」だろう。その他に「アート思考」があり、「アーティストの作品創造プロセスをビジネスに活用する」といった意味で使われることが多い。

本書『イノベーション創出を実現する「アート思考」の技術』は、主に現代アートの創造プロセスを応用するものとして、アート思考を「自らの関心・興味に基づき、常識を覆す革新的なコンセプトを創出する思考」と定義。その手法について多くの現代アートの事例などとともに詳しく解説している。著者の長谷川一英氏は、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科非常勤講師。

鑑賞者に思考を促す現代アート

アートの歴史をひもとくと、「印象派」が隆盛をきわめた19世紀までのアートは「目で見て美しいもの」だった。ところがパブロ・ピカソ以降、アートは鑑賞者に思考を促すものに変化していったと著者は説明する。

著者によると、現代アートのアーティストは3つの力を発揮する。

①思考の飛躍:興味を持った事象について丹念にリサーチするうちに思考が飛躍し、ひらめきやセレンディピティー(偶然の発見)が起きる。

②突破力:思考の飛躍で思い至った革新的なコンセプトを、なんとしても実現しようと知恵を絞り、実行する。

③共感力:鑑賞者にそれまで見逃していたことを気づかせ、思いもよらぬ考えに出会わせる。

実在する「漂流郵便局」

例えば、香川県粟島にある「漂流郵便局」と呼ばれる郵便局は、2013年に久保田沙耶氏が制作した現代アート作品だ。この郵便局には、実際に「届けたくても届けられない手紙」が世界中から届く。亡くなってしまった大切な人、未来に出会うであろう子どもなどに宛てた手紙たちだ。このアートが誕生したきっかけは、久保田氏が粟島を訪れたときの体験だという。

波打ち際に漂流物が多いことに気づき、使われなくなった旧粟島郵便局の窓ガラスに映った自分の姿に「自分も漂流物のようにこの島に流れ着いた」と感じた。さらに、当時興味をもってリサーチしていた伊能忠敬を思い出す。伊能が波打ち際の道を測量して制作し、その後日本にも広まった「地図」は、だれにも属さない情報体なのに、使い方によっては自分だけのものになる。そこから久保田氏の思考が、次のように飛躍した。「だれのものでもあってだれのものでもなく、場所も時間さえもゆらいでいる漂流物のような手紙を受け付ける郵便局はできないだろうか」

久保田氏は「突破力」を発揮して、現実に存在する旧粟島郵便局を「漂流郵便局」に生まれ変わらせる。そのコンセプトは多くの人の「共感」を呼び、作品が出品された瀬戸内国際芸術祭が終了後も、島に存在し続けている。

この例だけでも、現代アートの制作が、ビジネスのイノベーションに似ているのがわかるのではないか。本書の事例や解説を参考に、自分なりのアイデア創出法を見つけ出してほしい。

今回の評者 = 吉川 清史
情報工場SERENDIP編集部チーフエディター。11万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」の選書、コンテンツ制作・編集に携わる。大学受験雑誌・書籍の編集者、高等教育専門誌編集長などを経て2007年から現職。東京都出身。

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