ひらめきブックレビュー

FBIも学ぶ知覚の磨き方 若手いじめを止めたアート 『問題解決のための名画読解』(エイミー・E・ハーマン 著、早川書房)

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仕事でもプライベートでも、問題が全く起こらないことはまれだ。問題に対して見て見ぬふりをしたり、解決策が浮かばず途方に暮れたりしていないだろうか。

もしそうなら、本書『問題解決のための名画読解』(野村真依子訳)がよい助けとなる。アート作品を通して問題解決力を磨くことをテーマとした書だ。なぜアートが問題解決に結びつくのか。アートを理解しようとすることは、正解のない、複雑で難解な作業だ。それは日々直面する困難な問題に対処することと重なる。

本書では問題解決のプロセスを、アーティストが作品を制作する段階になぞらえて9つのステップに分ける。各ステップで名画や現代アートなど多くの作品を参照し、問題解決につながる視点の切り替え方や、認識力の高め方をレクチャーしていく。

著者のエイミー・E・ハーマン氏は美術史家、弁護士。観察力や分析力を高める「知覚の技法」というセミナーを米連邦捜査局(FBI)、北大西洋条約機構(NATO)などに行う。著書に『観察力を磨く 名画読解』(早川書房)。

自分のバイアスを知る

問題解決の最初のステップ、「レンズを磨く」を見てみよう。登場するのは『リック・アンド・ラザー』(ジャニーン・アントニ、1993)という彫刻作品で、白色と褐色の女性の胸像が各色7体、計14体並んでいる。

著者は読者に、作者はどんな人物だろうかと問いかける。もし「作者は黒人女性だ」と考えるならそれはなぜか、とさらに問う。実際、多くの人が作者は「黒人」で、作品は「人種的アイデンティティの主張」と考えたというが、実は作者は白人の女性だ。胸像の素材はチョコレートとせっけんで、「欲望と純潔」を表現しており、人種とは無関係だと明かす。著者の問いは、自分の見方を狭めるバイアスを認識させてくれる。

視点の偏りに気づき、仕事上の課題を乗り越える例がある。ベテラン看護師による若手看護師への「いじめ」が問題となっていた病院で、著者はニコラス・ニクソンの作品、彼の妻の四姉妹の肖像を35年間撮り続けた写真群を使ってセッションを行った。

歳月による姉妹の変化を見たベテランは、自分にも経験が浅い時期があったことを思い出し、若手の能力不足を責める自分の偏りに気づく。さらに、テクノロジーを使いこなす若手への恐怖心があることも認めた。自分の「見たくない部分」を見つめた看護師らは「いい方向」へ向かったというから、アートの力は侮れない。

メデューズ号の筏

実は、本書全体を通して取り上げられている名画がある。テオドール・ジェリコーの『メデューズ号の筏』(1819年)だ。船が難破し、約150人の乗客が筏(いかだ)で漂流。「共食い」も起き、生存者はわずか15人という実際の事件をモチーフにしている。

最初に見た時は乗客の苦悶(くもん)する顔や、青白い遺体に目がいく。だが、悲惨としか思えないこの絵が、著者の示すステップを踏むことで違った表情を見せていく。そのプロセスは感動的だ。アートから学べる多様な視点を、日々の問題解決に役立てたい。

今回の評者 = 安藤 奈々
情報工場エディター。11万人超のビジネスパーソンに良質な「ひらめき」を提供する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」編集部のエディター。

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