多様な性のあり方を示す「LGBT(性的少数者)」という言葉は人口に膾炙(かいしゃ)している。Lはレズビアン、Gはゲイ、Bはバイセクシュアル、Tはトランスジェンダーを指す。このうちトランスジェンダーの人たちが、どのような社会生活を送っているのかについて深く理解している人は多くないだろう。
本書『トランスジェンダー入門』は、トランスジェンダーにスポットを当て、基本的かつ最低限の知識を提供する1冊。言葉の正確な定義から始まり、トランスジェンダーの人たちが経験する性別移行、直面する差別、法律上の課題などを解説する。その上で、望まれる社会のあり方を提言している。
著者の周司あきら氏は主夫で作家。もう1人の著者の高井ゆと里氏は倫理学者で群馬大学准教授である。
「性同一性障害」は使わない
トランスジェンダーとは、「出生時に割り当てられた性と、ジェンダー・アイデンティティーが異なる人たち」と定義される。現代社会では、生まれたその瞬間に、外性器の形などを基準として男性あるいは女性と認定される。これが「割り当てられた性」だ。「ジェンダー・アイデンティティー」(性自認、性同一性とも言う)とは、自分自身が認識している自分の性別である。
この定義に基づくとトランスジェンダーは人口の0.4〜0.7%しかいないという。圧倒的な社会的少数者であることは、その苦労を想像する上で重要な情報だ。また、一般的に知られていて混同されやすい「性同一性障害」という医療用語は、「ジェンダー・アイデンティティーの様子がおかしい」といった差別的なニュアンスを含むため、今では医学界でも使われなくなっていることを覚えておきたい。
トランスジェンダーの男性「ハルカ」の場合
トランスジェンダーの人々はどのように性別を移行していくのか。本書では架空の人物「ハルカ」を例にそのありようを示す。
ハルカは18歳で実家を離れた時に、自分がトランスジェンダーであり男性であると気がつく。まずはSNS(交流サイト)アカウントで「男性」を選択し、通販の配送先の宛て名を「ハルト」と変えた。男性モノの服を着て髪形を変え、女子トイレではなく多目的トイレを使うようにした。帰省時に家族にカミングアウトし、驚かれながらもハルトと改名した。
ハルトはほぼ男性として生活しているが、まだ女性だと見なされることも多い。昔の知人に会う時、性別が明記された保険証を使う時などだ。性別移行は簡単ではない。性自認を他者に伝えるストレスも負いつつ、社会からの認識を少しずつ変えていく必要がある。そうした複雑で地道な作業を、著者は「オセロ(ゲーム)の盤面を1マスずつ埋める」と表現している。
真っ先に「男性か、女性か」が問われない社会であれば、しなくてよい苦労だ。著者らは男女の性差が強調されすぎる風潮に疑問を抱くが、論調の中心は社会批判ではない。客観的で正確な知識を持ち、トランスジェンダーの「生きづらさ」を理解することが読者に渡された課題だ。トランスジェンダーの実態を知ることは、包摂的な社会を目指すヒントにもなる。
情報工場エディター。11万人超のビジネスパーソンに良質な「ひらめき」を提供する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」編集部のエディター。