ひらめきブックレビュー

トヨタ「86」復活物語 共同開発で再生したスポーツカー 『どんがら トヨタエンジニアの反骨』

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自動車にそれほど興味がない人でも、街中を走るスポーツカーに目を引かれた経験があるのではないか。磨かれたボディーを眺めていると、その魅力にとりつかれるクルマ好きの気持ちもわかる気がする。

本書『どんがら トヨタエンジニアの反骨』は、2012年にトヨタ自動車から発売されたスポーツカー「86(ハチロク)」の開発物語だ。「ハチロク」はもともと、1983年に発売されたスポーツカーの型式番号AE86からくる愛称だった。87年に生産は終了したが、トヨタはこれを「86」の名で、富士重工業(現SUBARU)との共同開発によって復活させた。

著者の清武英利氏は、元読売新聞編集委員のノンフィクション作家だ。トヨタや富士重工などの多数の技術者、その家族らの証言をもとに、「86」復活の舞台裏を小説のような筆致で描いている。

共同開発の苦労

物語は「86」のチーフエンジニアとして開発をリードした多田哲哉氏を中心に進む。トヨタは2000年ごろ以降、販売台数が期待できないスポーツカーの開発から遠ざかっていた。しかし、若者のクルマ離れ対策もあり、07年に「スポーツカー復活プロジェクト」がスタート。多田氏は特命を受けてこれをリードすることになる。

興味深いのは、トヨタと富士重工のエンジニアらが、目指すスポーツカーを生み出すためにまとまっていく過程だ。昨今、オープンイノベーションの重要性が言われるが、企業風土や考え方の違う者同士が、1つのモノやサービスを作り上げるのは容易ではない。「86」の場合、両社で異なっていた用語や図の描き方を一つ一つそろえていく話など、共同開発の苦労を感じさせる。

トヨタは富士重工の筆頭株主だったが、富士重工のエンジニアは「技術的にトヨタに負けたわけではない」と対抗心を燃やしていた。多田氏は富士重工のエンジニアとラーメンを食べながら打ち明け話をするなど懐柔する。富士重工の「水平対向エンジン」とトヨタの新しい燃料噴射システムを組み合わせた試作エンジンが目標を達成する場面は胸が熱くなる。

ドンガラに魂と技術を詰め込む

自動車業界では、開発の過程でつくる中身のないがらんどうの試作品を「ドンガラ」と呼ぶそうだ。エンジニアたちは、上司を説得したり、1ミリ単位でエンジンの位置をずらしたりしながら、ドンガラに魂と技術を詰め込んでいく。

もっとも、本書は夢のある話ばかりではない。休日にも試作車を走らせにいくエンジニアの「家庭を顧みない夫」としての姿や、せっかく完成した「86」に興味を示さない関係者の息子など、スポーツカー全盛期だった90年代までとは、働き方や環境を巡って「時代」が変わったという哀愁も漂う。

それでも、スポーツカーに憧れたエンジニアがその開発に情熱を注いだように、電気自動車(EV)や自動運転技術の開発に夢中になるエンジニアはいるはずだ。ものづくりに携わる人はもちろん、企業で働くすべての人に、本書は勇気を与えてくれる。

今回の評者 = 前田 真織
2020年から情報工場エディター。08年以降、編集プロダクションにて書籍・雑誌・ウェブ媒体の文字コンテンツの企画・取材・執筆・編集に携わる。島根県浜田市出身。

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