2024年のNHK大河ドラマでは、紫式部を主人公とした「光る君へ」が放映される予定だ。すでに各地で「やまと絵」など平安時代にクローズアップした展覧会が企画されるなど、盛り上がりを見せている。
平安朝を語るのに欠かせない二人の人物、紫式部と藤原道長にフォーカスするのが本書『紫式部と藤原道長』だ。「光る君へ」の時代考証を担当している著者が、紫式部と道長の生い立ちや接点、転機、晩年からその死までを紹介する。参照するのはできるだけ一次史料にこだわり、両者のリアルな姿に迫る。
著者の倉本一宏氏は国際日本文化研究センター教授。専門は日本古代史、古記録学。
『源氏物語』で権力築く
世界最高峰の文学作品『源氏物語』の作者。そのきらびやかなイメージとは裏腹に、紫式部は貧乏な家に生まれ育った。父の藤原為時は優れた文人であったが無官の時代が長く、一家がどう生活していたのか著者が心配するほどだ。
貧乏ではあったが、漢籍(中国の書物)を聞きすばやく理解するなど、紫式部の詩や文章に対する才能は早くから際立っていたようだ。『源氏物語』を起筆した動機や執筆時期については、国文学の世界で語りつくされているものの、結論は出ていない。これに対して著者は、「有力者」に執筆を依頼されたことがきっかけだと推測している。すなわち藤原道長だ。
長保元年(999年)、道長は娘の彰子を一条天皇のもとに入内させた。だが、すでに中宮定子が天皇の寵愛(ちょうあい)を受けている。彰子の存在感を大きくしたい道長は一計を案じる。文才で聞こえる紫式部の物語を一条天皇に読ませ、彰子のもとへ通わせようというのだ。かくして、道長は紫式部に物語を書かせ、ある程度見通しがついたところで彰子の世話係として宮中に出仕させた、と著者は説明する。
出仕当時30代半ばと思われる紫式部が書いた『源氏物語』は狙い通り、一条天皇の関心をひき彰子の寵愛につながっていく。結果的に道長は圧倒的な権力基盤を構築した。「政争の具」とは言い過ぎだろうが、一つの物語が文学と政治の歴史を動かしたことに驚くばかりだ。
617枚の紙が必要
もう一つ興味深い視点が示されている。『源氏物語』が書かれた紙はどう用意したのか、というものだ。
当時、文字を記す「料紙」は貴重で高価だった。本書によれば『源氏物語』の文字数は約94万字。改行を気にせず計算しても617枚の料紙が必要となる。貧しい学者の娘には手に入れることが難しい。
だが、道長は宮中の製紙場にも顔が利き、領内からも良質な紙を献上される立場にあったと考えられる。道長が紫式部に紙や筆などを差し入れする史料もあることから、『源氏物語』を書き上げるための料紙は道長が提供したと著者はみる。紫式部なくして道長の栄華はないが、道長なくして『源氏物語』は完成しなかったという訳だ。
パトロン、ビジネスパートナー、ソウルメイトなど二人の関係は様々に呼べるだろう。本書で史実を押さえ、ドラマでの解釈を楽しみにしたい。
情報工場エディター。大手製造業を対象とした勉強会のプロデューサーとして働く傍ら、11万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。東京都出身。