ひらめきブックレビュー

人間本来の力失うな 『思考の整理学』著者の残した言葉 『自然知能』

AI スキルアップ 思考法

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『思考の整理学』(筑摩書房)といえば類を見ない超ロングセラーだ。単行本が1983年に刊行されて以降、文庫版も版を重ねて270万部を突破。2022年の「全国の大学生に一番読まれた本」というからその息の長さに驚く。改めてページをめくると、情報の扱い方や創造的な思考の方法が説かれ、何かを学ぶ上で今なお示唆に富む。

著者は英文学者でお茶の水女子大学名誉教授の外山滋比古氏。日本語論や教育の分野でも活躍し、20年に96歳で逝去した。本書『自然知能』は、外山氏が亡くなる3年ほど前に執筆していた、未発表の文章をまとめたものだ。テーマは「人間が生まれながらにして持っている能力」。これを人工知能(AI)に比して「自然知能」と名づけ、その働きや価値などについて軽妙に語っている。

おもしろがる知能

自然知能とはどのようなものか。例として挙がっているのは、胎児にも備わっている聴力、風邪を引いた後により健康になる自然治癒力、ソロバンで培われる暗算能力などだ。いずれも人間がほぼ生身で発揮する能力で、ローテクな営みである。著者は人工知能を否定してはいないが、人間は自然知能を理解し伸ばすことが第一義である、との立場だ。

人工知能と自然知能を比べて「おもしろさの予知」に着眼している章が印象的である。人間には生来的におもしろいことを捉える能力があるという。「何かおもしろいことはないか」と期待し、自ら求めておもしろさを発見する力は、人生の志を持つことにもつながる。人工知能にはないこうした心の動きは、人間の文明を発展させてきた原動力であり、自然知能の中でもとくに貴重だと著者は説く。

はっとするのは、「主体的に」おもしろさを見いだすことを重視している点だ。芝居やスポーツなどの娯楽を受け身で楽しむのは、おもしろさを捉える力とは言えない。生きる喜びにつながるおもしろさは、自分自身で「発見」するものだと著者は考えているようだ。おもしろがる対象は日常の地味なことでよい。「好奇心」「感受性」とも言い換えられるだろうが、ユニークな問いを立てて様々な分野で論を展開させてきた著者らしい考え方だ。

知能の新陳代謝

最晩年に書かれたためか、老いに触れている箇所も多い。著者は視力が低く、80歳を超えてからは聴こえも悪くなったという。だがある時、焼いた魚の匂いからサンマだと特定でき、嗅覚が鋭くなったことに気づく。思考も以前より明晰(めいせき)になったと実感する。

機械であれば失った能力は戻らない。しかし、人間は失った力を補う力があると著者は述べ、これは自然知能の「新陳代謝」だと表現する。老いて能力が失われてもこの仕組みがあれば若い時より賢くなれると、シェイクスピアを引用しながら前向きに記すのだ。

本書から伝わるのは、人間の持つ素朴だが根源的な力への確かな信頼である。人工知能の進化は止まらないが、自然知能の深化も終わりがないはずだ。「Chat(チャット)GPT」などAI旋風が巻き起こる時代だからこそ、じっくりと味わいたい1冊だ。

今回の評者 = 安藤 奈々
情報工場エディター。11万人超のビジネスパーソンに良質な「ひらめき」を提供する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」編集部のエディター。

 

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