ひらめきブックレビュー

日本人の6割弱は「中流以下」 危機の原因と復活の鍵は 『中流危機』

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ここ数年、あなたの給料は調子よく上がっているだろうか。親世代に劣らず一生懸命働いているのに、なぜ給料が上がらないのかと嘆いている人は少なくないだろう。

内閣府が発表した「令和4年度 年次経済財政報告」によると、世帯所得の中央値は1994年が505万円だったのに対して、2019年では374万円と激減している。本書『中流危機』は、このようなデータと独自の調査をもとに、日本の所得中間層すなわち「中流」が貧しくなっている状況を明かし、その背景を分析。その上で、日本のみならずドイツやオランダでも取材し、中間層が再び豊かになるための処方箋を明らかにしていく。

なお本書は22年に放送された「NHKスペシャル"中流危機"を越えて」の取材をベースにまとめたものである。

企業依存型雇用の問題

「中流」とはどのような暮らしなのか。本書のデータでは、約6割の人が「正社員」で「持ち家」「自家用車」を所有する、というイメージを持つそうだ。一方で「中流の暮らしをしているか?」と尋ねると、「中流より下」と答えた割合が56%にも上ったという。マイホーム購入後に給料が下がり、泣く泣く家を売却する家族の話も出てくる。いわゆる中流の暮らしが決して当たり前でない現実が突きつけられる。

背景に浮かび上がるのは、年功賃金で定年まで雇用を守るシステムの限界だ。特に中小企業に顕著で、グローバル化による価格競争の激化によって利益が減少。雇用は守るが年功給は上げられない、という構図が続いている。同時に、企業は正社員を絞り込んで賃金の安い非正規社員を活用していく。その結果、非正規雇用が拡大し、中間層の沈み込みを招いたと本書は解説する。

つまり、「企業依存型」の雇用システムが現在の状況を招いたともいえる。雇用、賃金、人材育成や福利厚生まですべての責任を企業が負うのはもはや難しい。人生設計の前提を企業に「丸投げ」してはいられないという本書の示唆に深く納得する。

再生の鍵はリスキリング

中間層が復活するための鍵として、強調されているのが「リスキリング」だ。ここでの「リスキリング」とは個人の関心に基づく「学び直し」とは違う。あくまでも「企業や行政が主体」で、デジタルなどの「成長分野の業務」に必要なスキルを習得させることだ。

例えば、ドイツは国を挙げてリスキリングを推進し、伝統的な製造業からデジタル産業への労働移動に成功しつつあるようだ。自動車部品工場の技術者がビッグデータ分析を学び、システムエンジニアに転身した例も報告される。驚いたのは、ある企業でのリスキリングの平均年齢が「46歳」ということだ。ミドル層がそれまでの経験を横に置いて励んでいる。ドイツ国民の本気度に胸を打たれる。

給料が上がらない、いつまでも正社員になれないなど現役世代の声は苦しさにあふれている。だが、嘆いてばかりでは何も変わらない。本書で問題の本質を見つめながら、暮らし向きを良くするヒントをつかんでほしい。

今回の評者 = 倉澤 順兵
情報工場エディター。大手製造業を対象とした勉強会のプロデューサーとして働く傍ら、11万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。東京都出身。

 

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