グローバルな世界に「分かるよね?」はない
「男性たちが持っている、『あうんの呼吸』のOBNというものは網の目のごとく張り巡らされている。それで何が悪いのっていうと、同一の感覚や同一の条件で仕事をしている人たちは言葉が少なくても通じ合える訳です。いちいち説明する必要がないから。そうすると『省かれた部分』というのが生じて推測できない訳ですよ」
内永さんはそう語り、暗黙知の文書化や図式化を提唱する。「グローバルな世界になると『分かるよね?』といった暗黙の了解はあまり一般的ではないです」。それも踏まえて、「分からないことは尋ねる」ようにすすめる。
「聞き方はいろいろある。たとえば、『私はこう思うんですけど、こういうことでしょうか?』とか」(内永さん)。分かったフリをしないといけない場面では時間を置いて、「あのとき『〇〇〇』とおっしゃっていたのはどういうことですか?」と尋ねてもいい。「やっぱり自分で理解して腹落ちしないと次のステップに進めない。部下に指令を出せないですよね」(内永さん)
700万人を率いる連合の芳野友子会長も覚える「違和感」
OBNが映し出す男性社会の残像。社内のネットワークという話からは脱線するが、社会的影響力を持つ女性たちも、そうした残像にモヤモヤを抱えている。
「違和感を覚えることですか? いっぱいありますよ(苦笑)。たとえば、講演会の聴講者の方から『講演より挨拶の方がよかった』みたいなことを言われたとき。男性には絶対、そんな失礼なことを言わないじゃないですか」。こう話すのは連合の芳野友子会長だ。
連合といえば、700万人が加盟する労働組合の全国中央組織。芳野会長はそのトップとあって、いまの日本の女性リーダーのなかで最大規模の組織を率いる人といえよう。ところが、「来客を迎えると、私がトップなのに周囲にいる男性から名刺交換を始める人も。『トップは男性』という思い込みがあるんでしょうね」と苦笑する。
「これが男性社会なんだ!」ノートに書き留める
芳野会長は、21年に連合初の女性トップに就任して以来、「ジェンダー平等」を掲げ、その視点を運動に取り入れ啓発も進めてきた。同時に「これが男性社会なんだ!」と感じたことをノートに書き留めている。上で紹介したエピソード以外にも、「(性差による)上から目線の言葉」「ハナから『女性だとできないよね』的な感じが出ている発言」などいろいろあるという。
書き留めているのは「歴史の針を戻したくない」から。「私とすれば、できうることなら次も女性にバトンを渡したい訳です。それが夢であり、希望をかなえるためにも私の違和感を解消しておかないと……。後進がかわいそうじゃないですか」
会長就任以降、来客は男性ばかりで「『世の中のいろんな業界団体の役職者ってやっぱり男性なんだ』と改めて実感した」という。そんな芳野会長に聞いてみたかったことがある。岸田文雄首相をはじめ政財界の要職者の男性たちとも接点のある芳野会長。彼らの言動にOBNのような問題を感じることはないのだろうか。
「私がお会いする方々は見識のある人が多い。女性を下に見ているとかそういうことはないです」。自身が女性トップであるが故のマイノリティーの疎外感を覚えることもあまりないようだ。
チャンスが来たら「返事は『はい』か『イエス』」
「企業は発展していかないといけない。労働力不足のなかで能力のある人だったら若手だろうがなんだろうが、どんどん活躍してもらいたいとトップは本気で考えている。ではなぜ、企業のなかで女性の活躍が進まないのか。これを考えるうえでは、直属の上司が女性の部下にどういう仕事を与えているのか、そういうところまで落としてみていく必要があるのではないでしょうか」
まだ少数派の女性管理職への助言も聞いた。芳野会長がすすめるのは「何でも話せるマイサポーター」をつくること。「人生の中でそんなにたくさんチャンスが来る訳じゃない。だから、(昇進・昇格の)チャンスが来たら、返事は『はい』か『イエス』だと。『断らない』と。講演会などで女性たちの前で話すときは、いつもそうみんなで確認し合って終わっています」
「推し活と一緒」 OBNが残るワケ、楽しさも
経営学の世界には「人は同じような属性の人とつながりやすい」といったことを指す「ホモフィリー」という言葉がある。「推し活と一緒です。似た者同士の集まりは楽しいんですよ」。高田教授はこう語り、OBNには情報収集という機能に加え、「『誰かとしゃべりたい』という欲望を満たせる」など情緒面の効用もあると説く。それだけに同質性の高いOBNは意外に強固かもしれない。「情報には返報性が求められる」(高田教授)とあって、解消には女性側の伝える力も問われそうだ。
「トーマス・サイクル」が指摘されていたドイツは、大手上場企業の監査役会を対象にクオータ制を導入。監査役は取締役の選任・解任の権限がある。16年以降は新たに監査役を選ぶ場合、男女の比率をそれぞれ30%以上とすることを義務づけた。その結果、経済協力開発機構(OECD)による22年時点の女性役員比率は約37%に。
一方、日本は同じOECDのデータで10%台だ。政府は23年6月公表の「女性版骨太の方針」で、東証プライムの上場企業に対し「25年をめどに女性役員を1人以上」「30年までに女性役員比率を30%以上」とする数値目標を掲げた。ただし、プライム市場の上場企業数は2000社もない。果たして社会にどの程度の波及効果が及び、OBNにも変化をもたらすだろうか。
多様性による競争力強化や企業価値向上は待ったなし。「下」では芳野会長からも指摘があった男性管理職に焦点をあて、OBNの解消に向けてできることを考える。
(佐々木玲子)