ひらめきブックレビュー

「話す」と「聞く」は表裏一体 阿川佐和子流の会話術 『話す力』(阿川佐和子 著、文藝春秋)

コミュニケーション スキルアップ 思考法

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肌感覚だが、最近は公私ともに「オーラル(会話)」より「リテラル(文字)」がコミュニケーションの中心になっていると感じる。相手の時間を奪わぬよう、電話よりもメール、話しかけるよりもチャットといった感じで、口を開くより文字を使いがちだ。

果たしてそれは豊かなことなのか。本書『話す力』を読んで考えさせられた。キャスター、エッセイスト、作家として有名な阿川佐和子さんが、心地よい会話を生み出すための「話す極意」を、自身の体験をもとにまとめている。小島一慶氏、伊集院静氏、和田誠氏といった一世を風靡した著名人とのエピソードも豊富で、往時のおおらかな空気が伝わってくる。

「週刊文春」の対談企画「阿川佐和子のこの人に会いたい」などの体験をまとめた2012年の著書『聞く力』(文春新書)は、150万部を超すベストセラーとなった。

話題がない時は相手の話から言葉を拾う

話す上でもっとも困るのは「話題がない」という状態だ。面白い小話やうんちくが頭の中にない。自分はなんとつまらない人間なのかと嘆きたくなるが、そんな時は、話のタネは「他人の話の中にある」という極意がよいヒントになる。

著者が大竹まこと氏のラジオ番組に出ていた時のことだ。打ち合わせで、今回のテーマで話したいことはないかと問われ、「何もない」と著者は答えた。だが、いざ収録が始まり、大竹氏の話を聞いているとあれこれ思いつく。結局、終了間際まで話し続けてしまった、という。ここから、話題が思いつかない時は、他人の話に耳を傾けると「頭の抽斗(ひきだし)」の鍵が開くと著者は説く。

親交の深かったグラフィックデザイナーの長友啓典氏とのやりとりも、「相手の話」を活用して話題を見つけるお手本だ。例えば、長友氏が「五十肩になって」と言えば著者は広島県に住む90歳すぎの伯母が五十肩になった話をする。すると長友が広島を友人と訪れた話を返す、という具合に、相手のひと言を拾って自分の話につなげるのだ。2人の会話が延々と続いたこのやり方を、「しりとり話題合戦」と著者は表現する。

話すべきことは自分の内側にあるのではなく、相手と向き合う中で生まれてくる。こうした姿勢を支えるのは、やはり著者がこれまでに磨いた「聞く力」なのだと合点がゆく。話す力は、聞く力と表裏一体だ。

5歳の女の子に話しかけるのにも緊張

著者は決して話の達人ではない。逆接の必要がない時に「でも、」と始めてしまったり、距離感を間違えて相手に引かれてしまったりと、悪癖や失敗があることを認めている。電車の中で、5歳ぐらいの女の子と母親のほほえましい様子を見て話しかけたくなったものの、逡巡(しゅんじゅん)し、降りる間際にドキドキしながら「かわいいねえ」と声をかけたという話もある。著者ほどの人でも、物おじすることがあるのかと新鮮な気持ちになると同時に、たったひと言の声かけに懸命になる姿がなんとも魅力的だ。

文字と違い、手元で推敲(すいこう)や訂正ができないからこそ、その人の本音や人間性がかえって伝わっていく。そういう部分が「話す」ことの面白さであり奥深さなのだろう。

今回の評者 = 安藤 奈々
情報工場エディター。11万人超のビジネスパーソンに良質な「ひらめき」を提供する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」編集部のエディター。

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