普段はコンビニ弁当などの中食が多い筆者だが、いわゆる「ちゃんとした」フレンチやイタリアンのレストランに出かけることもある。こうした店、特に著名なオーナーシェフがいるフランス料理店には、格式ばった、気軽には入りにくい印象を持つ人がほとんどではないだろうか。
そんな高級フレンチは、大切な記念日などに、店の雰囲気や、最上の料理の味を楽しむものだろう。だが、ここではビジネスのヒントにもなる楽しみ方を提案したい。料理に込められたアイデアやクリエイティビティ、イノベーションを楽しむのだ。
そんなことを想起させたのが本書『三流シェフ』。2022年12月28日に37年の歴史を閉じた名店「オテル・ドゥ・ミクニ」のオーナーシェフ、三國清三氏の自伝的エッセーだ。
三國氏は1954年に北海道増毛(ましけ)町で漁師の家に生まれ、札幌グランドホテル、東京の帝国ホテル、駐スイス大使館ジュネーブ軍縮会議日本政府代表部、スイスおよびフランスの一流レストランで修行。85年に東京・四ツ谷にオテル・ドゥ・ミクニを開店。世界各地でミクニ・フェスティバルを開催するなど、国際的に活躍している。
「デタラメなフランス料理」と酷評
日本で自分の店を持った後の三國氏の料理は、当時のフランス料理の可能性を示す革新的なものだった。「フランス料理の秩序だろうがなんだろうが、ぶっ壊す」気持ちで戦っていたフランス料理には、当たり前のように味噌やしょうゆ、米といった和の食材が使われていたという。
「あんなデタラメなフランス料理はない」といった、国内の料理評論家からのバッシングはひどかったが、店は大人気となり、海外からも高い評価を受けた。
「ぼくはフランス人ではない」
こうした料理のイノベーションを起こすきっかけは、修行先だったフランス・リヨン郊外の三つ星レストラン「アラン・シャペル」で、オーナーシェフのアラン・シャペル氏からかけられた「セ・パ・ラフィネ」の一言だった。三國氏が作っていた料理が「洗練されていない」という意味だ。
その後、厨房で三國氏が作ったマンジェ(まかない料理)に、仲間の料理人から「味が薄すぎる」と言われ、生クリームをたっぷりかけて食べられる、という出来事があった。そこで三國氏は「ぼくはフランス人ではない」とあらためて気付かされた。
アラン・シャペル氏が「セ・パ・ラフィネ」という言葉に込めたのは「お前は自分の料理を作っていない」ということだと悟った三國氏は、自分が心からうまいと思う味を思い出し、料理に取り入れることにした。その味とは、故郷の増毛で幼い頃から味わっていた新鮮な魚介類、味噌汁、炊きたてのご飯、しょうゆをつけた刺し身といったものだった。そして、帰国後の三國氏のフランス料理には、その味覚の記憶が見事に反映されていた。
一貫して、常に自分で考え行動してきた三國氏。本書から、その姿勢が何を実現したのか、読み取っていただきたい。
情報工場SERENDIP編集部チーフエディター。11万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」の選書、コンテンツ制作・編集に携わる。大学受験雑誌・書籍の編集者、高等教育専門誌編集長などを経て2007年から現職。東京都出身。