ひらめきブックレビュー

一流楽団は「自主運営」 コロナ禍で演奏再開した実行力 『ウィーン・フィルの哲学』

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何年か前に珍しくクラシックコンサートに出かけた。壮麗な音楽に心が奪われた。奏者の息づかいも感じられる生演奏の面白さを堪能できた。

新型コロナウイルス禍では音楽業界も大きな打撃を受け、一時はこうした体験がほとんどできなくなった。その中で、世界最高峰のオーケストラ、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が、ロックダウン(都市封鎖)からわずか3カ月で、いち早く「通常の」演奏活動を再開したことはあまり知られていないだろう。

本書『ウィーン・フィルの哲学』は、このオーケストラを取材し、特異な組織形態や運営方法を紹介。最大の特徴である「経営母体を持たない自主運営」という点を掘り下げている。

著者の渋谷ゆう子氏は音楽プロデューサー、文筆家。クラシック音楽の音源制作やコンサート企画運営を行う株式会社ノモスの代表取締役。

王たちの民主制

ウィーン・フィルは147名(2023年現在)の演奏家が集まった非営利組織である。メンバーは全員、オーストリアのウィーン国立歌劇場管弦楽団(国営ではなく民営劇場)に所属する楽団員で、オーディションによってウィーン・フィルに選出された一流の奏者だ。

音楽家である彼らが、企画、経費の精算、チケット販売といったすべての実務を担う。普通のプロのオーケストラは、企業や政府が母体となって資金や人材面を支えるものだ。しかし、ウィーン・フィルはメンバーが国立歌劇場で安定した収入を得ていることもあって独立採算制をとり、スポンサーにおもねらない自主運営を実現している。自主運営を発足した1842年から180年間も続けているというから驚きだ。

メンバー全員が運営に参加する。具体的には、指揮者や演奏プログラムの選定など音楽的な内容のほか、奏者の報酬や決算の承認などの事務的な内容を話し合いで決める。日常の実務は12名の運営委員が担うが、最高意思決定機関は全員が投票権を持つ総会で、会則など重要事項は多数決で定められる。

ウィーン・フィルの組織形態は、「王たちの民主制」というユニークな言葉で表される。奏者はみな個人事業主で、一流の演奏技術を有する独立した存在であることを「王」になぞらえる。各自の音楽への責任が芽生え、組織として団結すると説明されるが、これこそ自主運営によって得られる稀有(けう)なメリットなのだろう。

3カ月で再開

組織としての強さを物語るのが、コロナ禍中のエピソードだ。オーストリア全土がロックダウンした活動停止期間に、独自の飛沫拡散実験で安全性を検証し、政府高官との交渉を開始。3カ月後には、マスク、ソーシャルディスタンスなしの通常の演奏にこぎつけた。こうした実行力やしたたかさの源泉は、自立・自律の運営手法にあるはずだ。

さらに彼らは、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻、ストリーミング技術の浸透といった社会変化にも柔軟に対応している。経営と一流の音楽を両立する彼らの姿に、「自分の専門領域」にとどまってはいけないと背中を押されるだろう。

今回の評者 = 安藤 奈々
情報工場エディター。11万人超のビジネスパーソンに良質な「ひらめき」を提供する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」編集部のエディター。

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