「取るだけ育休」という言葉がある。父親が育児休業を取得したものの戦力にならず、母親の負担がかえって増す現象をやゆしたものだ。
だが「役に立たない」のは父親のせいではない。そもそも男性が育児をしやすい環境が整っていないと訴えるのが本書『ポストイクメンの男性育児』だ。「イクメン」なる言葉が流行して以降、男性の育児参加は常に推奨されてきたが、男性向けの育児支援は行政・民間含めてほとんど整備されてこなかった。本書ではそうした問題点を指摘し、男性も育児を担いやすい社会の在り方を考察する。同時にこれから育児に参加する男性が知っておくべき知識と心構えを伝えている。
著者の平野翔大氏は産業医、産婦人科医。2022年に立ち上げたDaddy Support協会代表理事として男性への支援活動や父子手帳の作成プロジェクトを進めている。
知識なし、支援なしで産後うつに
現代の父親が置かれている状況を「知識なし、経験なし、支援なしの三重苦」と著者は表現する。どういうことか。
女性であれば、約40週にわたる妊娠期間中に、健診での相談などを通じて様々な情報が得られる。出産の仕方や授乳、おむつ替えといった基本スキルを学ぶ「母親学級」もある。しかし、「両親」を対象にした教室はあるものの、父親の教育に特化した教室が開催される例は非常に少ない。男性は自分で努力をしない限り、出産や育児について何も知らないまま赤ん坊に接する。これが「知識なし」だ。
また、近年の出生率低下に伴い、親世代の兄弟あるいは自分の兄弟が減ることで小さな子どもと触れ合う機会がなくなっている。初めて見た新生児はわが子だったという父親も少なくないだろう。まさに「経験なし」だ。さらに産婦人科医や助産師、保健師といった出産・育児の専門家は女性をケアの対象としている。育児で困りごとを抱えた男性の相談に乗ったり男性特有の悩みにアドバイスしたりする専門職や機関は定まっていない。「支援なし」が実情だ。
三重苦の中で育児に取り組んだ父親が、産後うつになった悲痛な事例も複数本書に紹介されている。男性育児を本気で浸透させるためには、父親の育児や育休に注目した支援・教育体制を早急につくるべきだというのが著者の考えだ。
「危なくない」父親に
社会が変わると同時に、父親自身も意識を改めていく必要がある。母親との知識や経験の差を自覚し、積極的に出産や育児について学ぶ姿勢を持つことは重要だろう。
とはいえ難しく考える必要はない。著者は「危なくない育児」を目指せば良いという。赤ちゃんを強く揺さぶらない、1歳未満の乳児にはちみつをあげない、足を閉じた状態で固定しないといった「やってはいけないこと」を押さえておく。これが出来ると母親も安心して子どもを任せられる。
実は私も、オムツ替えのタイミングに気づいてくれない時など夫を「使えない」と思ったことが何度もある。しかし男性が置かれている状況を鑑みれば仕方がない面もあるのだ。本書は育児に向き合う男性はもちろん、女性が読んでも目からうろこが落ちるだろう。
情報工場エディター。11万人超のビジネスパーソンに良質な「ひらめき」を提供する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」編集部のエディター。