日本経済新聞社が2022年3月に開始した日経メタバースプロジェクトで、3回にわたる「日経メタバースコンソーシアム未来委員会」のほか、シンポジウムでは映画監督の細田守氏との対談などに参加しメタバースの可能性を幅広く提示してきたのが、カヤックアキバスタジオCXO天野清之氏だ。天野氏に日経メタバースコンソーシアムに参加した印象と今後のメタバースの展望について聞いた。
待たれるデバイスの改良
――未来委員会は、1回目にメタバース全般の現状と今後、2回目にインフラとの関わり、3回目はメタバースが変える働き方をテーマについて議論した。印象に残っているトピックスは。
「回を重ねるごとに具体的な議論となり、刺激的だった。特に3回目は働き方という観点から広義に議論される中、複数の高齢者がそれぞれのスキルを活用しながら1人のアバターとして働く『高齢者クラウド』の可能性が語られるなど、新しい発想も登場して興味深かった。生成AI(人工知能)の話題も出て、委員会として今後議論すべきテーマも提示された」
――未来委員会のほか、シンポジウムでも様々なトークセッションに参加した。
「細田氏とのセッションでは、エンターテインメントの世界で活躍してきた人ならではの発想を随所に感じた。映画監督として実績があるからこそ語れる本質を突いた発言もあった。印象的だったのが、ヘッドマウントディスプレー(HMD)のような重たいデバイスでは一般の人には普及しにくいとの発言だ。もっとデバイスを進化させないと、メタバースが普段使いされるようにならないという指摘には大いに共感した。細田氏はファッションやメークを気にする人にとっては、耳に装着するタイプが理想だと指摘していたが、実現には時間がかかる。現実的な落としどころは眼鏡タイプだろう。これも違和感を覚える人はいるだろうが、コロナ禍でマスクの装着が日常になったように、『圧倒的に速い』『圧倒的に便利』といった何かがあれば普及する。圧倒的な何かを我々事業者が提示できるかどうかだ」
コンテンツに注力する段階へ
――第1回未来委員会で「誰も見たことのない圧倒的に美しい世界を見せたい」と発言した。
「もうひとつ、細田氏の発言で面白かったのが、『これだけテクノロジーが発達しているのに、新しい表現が出てこないのが不思議だ』という指摘だ。私自身も表現する立場として痛快であり、そして耳が痛かった。デジタル上の世界であれば、現実世界での創作よりはるかに先をいくモノを創れるはずだ。仮想空間で現実を超える高い創造性を発揮し、それを現実世界に還元すべきだと指摘していた。コンテンツをつくる側として重い課題を出された形だ」
――現状のメタバースでは、圧倒的な何かをまだ提示できていないということか。
「現状はメタバースという『場所』を作っている段階で、コンテンツが充実しているとは言い難い。インターネットで例えるなら、ドメイン(インターネット上の住所)を取った段階で、これからどんなウェブサイトをつくるかという『本番』が待っている。ユーザーを定着させるには、コンテンツ会社などの各事業者がメタバースをもっと面白い場所にする必要がある。そのアイデアについて未来委員会などで意見交換しながら、具体的な取り組みにつなげていく段階にきたということだ」
――カヤックアキバスタジオとして取り組んでいること、注目している動きは。
「23年3月にKDDIがスタートさせた新たなサービス『αU(アルファユー)』で、カヤックはメタバースの空間設計から開発まで担当する。αU はブロックチェーン技術を使った機能、ウォレット関係なども扱っているので、経済活動を伴ったエンターテインメントを展開できる。様々な新しい試みが生まれると期待している」
(聞き手は池上輝彦、原田洋)