新たな価値観、公共性を描く
細田 守氏 映画監督
――米国のIT企業でリストラが相次ぐなど、メタバース普及への流れが滞っている印象もある。この状況をどう捉えているか。
細田 漠然と期待を抱いていた段階を過ぎ、メタバースの向かう先や意義を具体的に探る、試行錯誤の段階に来ているのだろう。一般ユーザーとしても、単にフィジカルな世界をデジタルに置き換えるだけでは、魅力に乏しい。それ以上の面白さ、興味をかきたてるものが提示されないと、なかなか関心を持ってもらえないかもしれない。
一方、現実では実現できないことを、デジタル上でなら実現できると期待している。メタバースの力で、私たちは複数の世界、複数の未来を持ちながら、複数の人生を生きることができるようになるはずだ。そこで何をやるか、何が実現できるかが問われている。
――監督が映画で描くバーチャルの世界は、生活に密着しながら、ユーザーが楽しそうに過ごしている。
細田 映画のアイデアは、現実世界の技術や試行錯誤から着想を得ることが多い。そこでキャッチしたものを、一足先に映画の世界で実現しているだけだ。デジタルの世界にはさまざまな可能性が広がっている。一方で多くの場合、「現実世界でできない」という固定観念にとらわれ、イマジネーションを自ら縛りがちだ。常識に縛られず、思いのままに新しい世界を構築できた人が覇権を握るだろう。
――メタバースというテクノロジーを飛躍させるイマジネーション。それはどうすれば生まれるか。
細田 歴史上、多くのアート作品が社会的にも経済的にも抑圧された中で誕生した。現代は制約も少なく、ツールもそろっているのに、むしろクリエーティビティーは下がっている印象さえある。扱う情報量が多すぎることが、かえってイマジネーションを阻害しているのかもしれない。
また、イマジネーションは、「こうだったらいいのに」というある種の悔しさから生まれる面がある。映画やアニメーションも、子どもや若者など、世界を十分に謳歌できていない現実と、本当はこうありたいという希望を埋めるのが、第一義であり、そこにイマジネーションが必要になる。テクノロジーも同様に、もっとこんなふうに社会が変化すればいいのにといった思いがイマジネーションの源泉になるのではないか。仮に若い人が閉塞感を覚えているのなら、それも何かを生み出す力になり得る。
――開発側には、課題を抱えている人への目線が必要ということか。
細田 人々が望む声なき声にもっと耳を傾けたい。それが公共性、公平性の追求につながる。もちろん、公共性を追求するだけではメタバースの普及、充実が難しいことは承知しているが、新たな世界にどんな公共性を持たせるか、熟慮する必要があるだろう。
――メタバースに期待することは何か。
細田 現実世界で解決困難な問題について、まず仮想世界で解決策を探り、現実世界の改善につなげる。その試行錯誤を担うことが存在意義の一つではないか。仮想空間で得たもので現実世界をアップデートしていく可能性があるからこそ、メタバースに投資し、メタバースをつくっていく価値がある。今までの価値観を踏み倒して新しい世界を構築してほしい。困難な現実の逃避先ではなく、解決の場であってほしい。
技術と表現の新たな可能性
真鍋 大度氏 ライゾマティクス 代表
クリエーティブチーム、ライゾマティクスは、技術と表現の新しい可能性を探求し、研究開発要素の強い実験的なプロジェクトを中心に作品を制作している。また、外部アーティストや研究者・科学者などとのコラボレーションワークにも積極的に取り組んでいる。
今回のシンポジウムで紹介した「Watt is Money?」というインスタレーションは、ライゾマティクスが日本経済新聞社と英フィナンシャル・タイムズ(FT)と組み、「ビジュアルジャーナリズム」という新たな領域に挑んだプロジェクトだ。
近年、暗号資産の採掘(マイニング)に使われる電力消費による環境負荷が問題視されている。この問題を通常とは異なる形で体感し、考えてもらうきっかけとしてこの作品に取り組んだ。データはケンブリッジ大学オルタナティブ金融センター(CCAF)による推計値を利用した。暗号資産の代表格ビットコインのマイニングに、電力がいつ、世界のどこで、どのくらい消費されたかの推移を、表やグラフなどではなく、映像で可視化している。じっくり見ると、「中国でマイニングが禁止されると、消費電力量が大きい場所が一気に移動する」といったことが理解できる。
このほか、ビットコインや株式の取引状況を、リアルタイムデータなどをもとにビジュアライズする取り組みも行っている。複雑なデータを人間が知覚しやすい映像に置き換えることで、AIによる自動取引がもたらす急激な取引状況の変化、環境負荷などについて考えるきっかけになればと考えている。これらの作品で使用している音楽は、データをもとに自動生成している。その点にも注目して鑑賞してほしい。
ブロックチェーン活用へ
渡辺 創太氏 Astar Network ファウンダー、Startale Labs CEO
ブロックチェーンは、ネット上の端末がつながって取引記録を分散して管理する仕組みだ。これを利用すれば、デジタル上で電子情報の唯一性が担保できる。つまり、アートや暗号資産が、コピーではないオリジナルであることが証明されるのだ。これにより、ネット上で、中央集権的な発行主体やマネジメントする会社なしに「価値」を取り引きできるようになった。
ブロックチェーンとメタバースは相性がよく、組み合わせると、さまざまなユーザー体験が一気に可能になる。メタバース内で、唯一性があり代替の利かないデジタル資産(NFT=非代替性トークン)、例えば個数限定の版権作品やグッズを売買したり、披露したりできるようになった。さらには、異なるメタバース間で、アイテムやアート作品の持ち運びをすることも、技術的には可能だ。
ただ、こうしたユーザー体験を普及させるには、課題もある。NFTの購入には暗号資産の口座開設などが必要なことが多く、ユーザーや企業にとってはハードルが高い。さらにいえば、ブロックチェーンは世界に数多くあり、ブロックチェーンを越える取引には複数のプロセスを踏まなくてはならない。これがメタバース間の相互運用性を進めるうえでの一つのハードルとなっている。
そこで我々は、日本発のパブリックブロックチェーンであるアスターネットワークを立ち上げた。異なるブロックチェーンを接続し、Web3.0時代のプラットフォームになることを目指している。実現すれば決済などがより簡素な手続きで可能となる。さまざまな企業と提携しながら、Web3.0のムーブメントを進めていきたい。また、NFTの活用についても、細かく実証実験などを重ねながら、問題を一つひとつ解決しているところだ。
米国では2022年に暗号資産交換業の大手が破綻し、激震が走った。日本は規制が幸いして、ダメージが比較的少ない。ブロックチェーン分野で巻き返す、勝負の年が来ている。
広義の「面白さ」求める
天野 清之氏 カヤックアキバスタジオCXO
広瀬 通孝氏 東京大学 名誉教授/東京大学先端科学技術研究センター サービスVR プロジェクトリーダー
半田 高広氏 凸版印刷 情報コミュニケーション事業本部 先端表現技術開発本部 クロスボーダー戦略部 部長
――日経メタバースコンソーシアムで行われてきた議論を振り返りたい。
広瀬 メタバースには、コンテンツ面、社会経済面など、関連する分野が多い。それらをいかに関連付けて進めていくかが問題だ。
半田 事業者としては収益化が重要で、それにはメタバースの参加者を増やしていくことが不可欠となる。いかに「あそこの世界は面白い」と思ってもらえるか。あまりに理詰めで進めるとコモディディー化してしまい、参加者にはつまらないものになる。やはりコンテンツ、クリエーティブ要素は重視していきたい。
天野 「面白い」の定義を広くとらえると、買い物も勉強も社会貢献も面白いはずだ。面白いとは何かを掘り下げていくと、新しいアイデアが生まれるだろう。細田氏から「不自由な状況のほうがいいものが生まれるのでは」という示唆もあったように、例えば、「難しすぎてなかなか演奏できない楽器」を開発したら面白いかもしれない。メタバースはまだ椅子取りゲームの椅子がたくさん残っている状態だ。果敢に椅子を取りに行きたい。
半田 事業者は経済合理性を追求して、つい何でも便利に快適にして、サービスを提供したくなる。しかし、ユーザーが自ら工夫、改善したくなるような野性味を、あえて残してもいいのかもしれない。
沼倉 一方で、便利なツールもうまく活用していきたい。この1年で、音楽や絵画を自動生成する技術が発達し、誰でも作品を作れるようになった。こうした技術を利用して、さらに違う次元を目指すのもいい。VR空間では、何かを受け身で「見る」「聞く」のではなく、「体験する」ことができることが持ち味だ。事業者は面白い完成品を提供するのではなく、自由に面白いものをつくれる環境を提供することを考えたい。デジタルネーティブは、我々が気づいていない不自由さをネット環境に感じているはずだ。それを見つけて、新しいものを生み出してほしい。
広瀬 技術面でも同じことが起きている。時間をかけてプログラミングなどのスキルを学ばなくても、アプリを開発できる。VR分野で面白い研究をしているのが、技術者ではなく、心理学者だったりする。問題意識やアイデアさえあれば、どんどん面白いことを実現できる。
――デジタルツインの可能性をどう捉えているか。
沼倉 デジタルツインは、さまざまな問題の解決に役立つと期待されており、その手法も進化している。ただ、それをビジネス化するには、何を解決するかという課題設定が鍵になる。例えば、日本であれば、防災面からのアプローチなどは理解されやすいだろう。
天野 我々が過ごす日常が、数十年後も存在するとは限らない。現在の当たり前が当たり前ではなくなった時に、その状況に耐え得る技術を開発する必要がある。デジタルツインおよび仕事や生活でのメタバースの利用促進は、その解決の糸口になる。
半田 冒頭で「メタバースは面白いほうがいい」と申し上げたが、社会ツールとしてメタバースを捉える文脈も忘れてはならない。デジタルツインを社会の実験場として使う取り組みがその一つだ。ただ、その重要性を多くの人にどう理解してもらえばいいのかという問題はある。
広瀬 最初の話に戻るが、やはり面白さがキーになるだろう。環境問題も教科書的な説明を受けるより、温暖化が進むと、自分の近所はこんなふうに水没すると視覚化されたほうが自分事になる。そうした使い方もメタバースならできる。