日経メタバースプロジェクト

リアル×バーチャル 仕事と暮らしを変える 第2回 日経メタバースシンポジウム㊤

講演 対談 パネル討論 メタバース

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

インターネットに匹敵する新たな社会インフラといわれるメタバース。関連企業の発展を考えるコンソーシアム設立を受け、2022年3月に日経メタバースシンポジウムがスタートした。その第2回が22年12月14日、15日の2日間にわたり、日経ホール(東京・千代田)とオンラインにてハイブリッド開催された。今回のテーマは「持続化可能なメタバース空間実現に向けて」。有識者による講演やディスカッションの模様を紹介する。

360度音響で新体験を

小室 哲哉氏 音楽家/TM NETWORK

――コロナ禍を経て、仮想空間での音楽活動が普及しつつある。

小室 リアルのライブは、席によって、音の聞こえ方に当たりはずれがあるなど、ある種のギャンブル性がある。一方で、仮想空間のライブでは、運営側の設定次第で、あえて場所にプライオリティーを付けたり、逆に観客が鑑賞する場所を自由に選べるようにしたり、あるいはどこに座っても最高の音響を楽しめるようにしたりするなど、フレキシビリティーがある。何に価値を置くか、明確に意識することが必要になる。

――仮想空間の活動が増えると、アーティストが提供するものは変わるのか。

小室 私がデビューしたころと比べると、動画視聴が増えたことで、すでに映像と音楽の重要度が50対50になっている印象がある。音だけでなく視覚面も合わせた総合アートに変わってきている。仮想空間ならなおさら、もっと受け手を没入させるため、アーティストが工夫すべきことが増える。

――没入感を高めるため欠かせないのが音響技術だ。

小室 現実空間で移動すれば、当然ながら音の聞こえ方も変わる。仮想空間で没入感を高めるには、360度から音が聞こえるイマーシブオーディオなどで、リアルと同等以上の音響体験を提供したいところだ。

――ソニーがクリエーター向けに開発した、ボーカルやコーラス、楽器などの各音源に位置情報を付け、球状の空間に配置して、立体的な音響を提供できる、360(サンロクマル)リアリティーオーディオがその突破口になるのでは。この技術を用いれば、ユーザーは通常のヘッドホンで360度の音響を体験できる。

小室 従来の音響は左右から聞こえるものだったが、360リアリティーオーディオを試すと、上下からも音を感じ、球体の中に入ったような感覚があった。バンドなどは、「ここにこの楽器を置くイメージで聴いてほしい」といった希望がある。それが収録段階で実現可能になる。動画配信サイトなどで、環境音を提供しているクリエーターにも喜ばれるだろう。「目の前でたき火がはぜていて、横で川のせせらぎが聞こえ、上では鳥がさえずっている」といった音場の設計が詳細にできるようになる。音だけではなく空間や体験を丸ごと、アーティストが、演出して提供するようになる。それが今後のスタンダードになるだろう。

ユーザーを街にいざなう

河合 敬一氏 Niantic,Inc. Chief Product Officer

私たちはこの3次元の世界に身体を持って存在し、日々、ほかの人と交流しながらさまざまな体験をしている。当社はそのことを非常に重視している。その姿勢を反映しているのが、スマホ向けのゲームアプリ、ポケモンGOだ。現実世界を舞台にポケモンを捕まえたり、ほかのユーザーと共にポケモンの交換やバトルを楽しんだりできる。普段歩いている街にポケモンが現れる楽しさを、幅広い年代のユーザーが味わっている。

これは拡張現実(AR)や位置情報の技術を使って、日常のリアルな体験や街の価値を高めようという取り組みだ。我々は「リアルワールドメタバース」と表現している。一般的な「自室でデバイスを通じて仮想空間にダイブする」タイプのメタバースとは異なる。

ポケモンGO以外のプロダクトについても、当社は2015年の創立以来、「現実の世界を楽しい冒険の場所に変える」「外で歩くことでユーザーに健康になってもらう」「現実世界で人と人がつながりをつくるきっかけをつくる」ことを意識しながら開発・提供を行ってきた。

この3つの目標を実現するために、街を舞台にしたイベントも実施している。例えば、22年は札幌を舞台に、3日間にわたってポケモンGOのイベントを開催した。その日、その場所に現れる珍しいポケモンを目当てに、あるいはユーザー同士の交流を目的に、5万人が同地に集まった。経済効果は約85億円と試算されている。

大がかりなテーマパークを建設しなくても、技術とコンテンツの力で街の魅力をより高めることができると示せたのではないだろうか。街全体ではなく、商業施設など、ピンポイントでデジタルの力で魔法をかけ、場所の価値を高めることも可能だ。さまざまな応用が考えられる。

こうしたARや位置情報などの技術を使う楽しさを普及させるため、当社では開発者向けのキット、ナイアンティック・ライトシップをリリースした。すでに多くの人がARアプリの開発に取り組んでいる。

デバイスの開発・改良も行っている。現在は、ユーザーが手軽に持ち運べるデバイスとしてスマホを利用しているが、画面が小さく、見づらい面がある。そこで、クアルコム社と共同で屋外用のARメガネの開発に取り組んでいるところだ。これが普及していけば、実際の風景とデジタルが融合した世界をそのまま見ながら、これまで以上に没入感のある形でゲームを楽しめるようになるだろう。

 

メタバースによる地方創生

半田 高広氏 凸版印刷 情報コミュニケーション事業本部 先端表現技術開発本部 クロスボーダー戦略部 部長

旅行者が城跡にスマホをかざすと、かつての城の姿が画面に映し出される。これは史跡の在りし日の姿をCGとVRによって復元する現地体験型VR観光アプリ、ストリートミュージアムの楽しみ方だ。

当社では、メタバースを活用した地方創生をサポートしており、その取り組みの一つがこのアプリだ。地方創生といえば、やはり観光が大きな柱となる。その観光に、地域の文化財を活用すべく開発した。アプリには、現地でかつての史跡の姿を体感する、旅行前に史跡を探し調べる、現地で見たVRをコレクションして旅行後に楽しむ、などの機能もある。登録されている史跡は国宝5カ所を含む44カ所。ダウンロード数は20万超となった。

アプリの提供に加え、謎解きイベントを連動させる取り組みも行っている。特定の場所に訪れると、ARやVRで、謎解きクイズが表示される。これらの仕掛けを使い、地域内の周遊を促している。

観光客を誘致し、周遊を促すにとどまらず、さらなる経済効果を狙って、SNSによる情報拡散も意識している。一方的な情報提供を行うのではなく、観光客とSNSやメタバースなどリアル以外での接点も持ちながら、今までにない体験を提供していきたい。

また、リアルだけでなく、メタバースを活用したマネタイズにも期待している。一例が「メタバース安土城有料ツアー」で、旅行会社の協力を得ながらメタバースツアーの商業化を探っている。事業が軌道に乗れば、メタバースという場で新たな雇用の創出にもつながるだろう。

フィジカルのための技術に

宮川 尚氏 大日本印刷 ABセンター XRコミュニケーション事業開発ユニット ビジネス推進部 部長

メタバースは新たな環境そのものであり、パラダイムシフトを起こす可能性を秘めている。2次元中心だった情報環境は3次元に変わっていくだろう。そのことを見据え、コミュニケーション設計を根底から変えていくことが必要だ。

当社も現在さまざまなソリューションの開発を進めている。我々が設定した枠組みは、フィジカル(現実世界)とデジタルを融合する環境づくりだ。メタバースの構築にあたっても、フィジカルに軸足を置き、実在の場所を拡張して豊かな空間体験を届けることを目指している。

2021年より手掛けているのが、地域共創型XRまちづくり・パラレルシティである。自治体や企業公認で、デジタルツインのバーチャル空間を建設している。21年4月に札幌市、同年7月に東京都渋谷区宮下公園、22年4月にはバーチャル秋葉原を実現した。

パラレルシティの中では多様な企画をしている。渋谷区宮下公園では、実空間と連動で、謎解きクリエーター松丸亮吾氏プロデュースの謎解き企画を実施。リアル、バーチャル、どちらの謎解きから始めても楽しめる企画とした。企画の狙いは、リアルとバーチャル相互送客の可能性を検証することで、結果として、リアルイベントの参加者の約9割がバーチャルからの誘導で参加していることがわかり、一定の効果が見られたと捉えている。

現実世界とメタバースを連動させた作品発表の場も設けている。バーチャルで活躍するクリエーターはもちろん、それ以外で活躍するクリエーターや創造の場を拡張していきたい。

セキュリティー面での課題は

小林 公樹氏 PwCコンサルティング ディレクター

メタバース活用における論点や課題を探るため、社内で実証実験を行った。3000台のVRゴーグルを希望者に配布、3日間にわたり、延べ8800人が参加した。実験用のメタバース空間は、ステージエリアとコミュニケーションエリアの2つに分けた。ステージエリアでは、当社のビジネス戦略のプレゼンや、エンタメライブなどを実施。どのデバイスでも参加できるよう設定した。コミュニケーションエリアでは、よりディープにメタバースが体験できるよう、VRゴーグルのみでの参加とした。

結果として、まず、VRを活用した場合、イベントへの再参加意識が既存のツール利用の場合よりも高く、96%がまた参加したいと回答した点に着目したい。当社のコンサルタントも、さまざまな領域での活用の可能性を感じた。

課題もある。VRゴーグルのセットアップや操作に手間取ることで、約半数が不満を抱いた。VR酔いは4人に1人が体験した。複数デバイスの利用を可とすることが望ましい。

セキュリティー面での不安もある。現状のゴーグルの設定では、初回ログイン以降、明示的にログアウトしない限り、ログイン状態が続く。ゴーグルが他人の手に渡ると、アカウント乗っ取りなどが可能になってしまう。また、個人のSNSアカウントで設定を行うと、初期設定ではゲーム履歴などがまわりの人に丸見えになる点にも注意が必要だ。これらはゴーグル側やプラットフォーム側のアップデートで解決できる。課題はあるものの、総じてビジネス活用の可能性を感じる結果となった。

価値創造型DXを目指せ

青木 雅人氏 博報堂DYホールディングス 執行役員

メタバースには無限の可能性がある一方で、生活者の活動時間や情報処理能力には限界がある。取捨選択が行われるのは必至で、生き残るのは、生活者や社会に価値を提供できる取り組みだろう。

では、どうすれば価値創造型のデジタルトランスフォーメーション(DX)が実現できるのか。キーワードは「生活者エンパワーメント」だ。一過性のエンターテインメントではなく、生活者をエンパワーメントできる取り組みを目指したい。メタバース空間では、生活者のコミュニケーション能力、体感を拡張できる。従来のメディアは視聴覚に訴えるコミュニケーションが中心だったが、身体感覚に訴えるコミュニケーションが可能になる。この特性を活用したい。

もう一つの切り口は「なりたい自分を実現する」。アバターを利用して、見せたい、なりたい自分を、空間ごとに使い分けていく。そのことで新たな自分らしさを自覚し、現実世界の自身のあり方を変えていくこともあるだろう。空間ごとのアバターを管理できるプラットフォームビジネスも必要となる。

メタバースの構築では、メタバースのみでの閉じた体験にならない設計が望ましい。リアル空間のメディア、スマート家電などの生活者インターフェース、ほかのメタバースと連動したシームレスな体験設計を目指したい。また、メタバース空間では、リアル空間よりも、生活者の行動や反応を計測しやすいメリットがある。取得したデータを分析・活用することで、より魅力的な体験の創出につなげたいところだ。

 

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

講演 対談 パネル討論 メタバース

閲覧履歴

    クリッピングした記事

    会員登録後、気になる記事をクリッピングできます。