日経SDGsフェス

SDGs取り組み、先行企業に利点 国際標準化に対応 慶応大大学院・蟹江教授に聞く

SDGs インタビュー 脱炭素

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日本経済新聞社と日経BPは2022年9月12~17日、SDGs(持続可能な開発目標)について議論するイベント「日経SDGsフェス」を開催する。SDGsの専門家として、過去のフェスに続いて登壇する慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科の蟹江憲史教授に、国連が23年にまとめる「持続可能な開発に関するグローバル報告書」(GSDR)の進捗状況や、日本企業がSDGs達成に取り組むべき理由などについて聞いた。

■国連報告書の執筆メンバー

――GSDRは国連事務総長が指名した世界各国の15人の独立した科学者が執筆します。蟹江教授もメンバーの1人ですが、進捗状況はいかがですか。

蟹江教授(以下、敬称略) 21年8月から1年間、サバティカル(研究のための長期休暇)を活用してワシントンに滞在し、現地の大学を拠点にGSDRの準備をしていた。GSDRは「Global Sustainable Development Report」の略称。19年から4年に1回、出版することになっている。世界各国の「持続可能な開発」の状況を振り返り、次の4年間に必要な行動を発信する。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)報告書のSDGs版のようなものだ。世界にはIPCC報告書など様々な評価報告書がある。これらをSDGsの達成という観点から評価し直す。「評価の評価」ともいうべき報告書で、SDGs全体の進捗状況をジェンダーや貧困といったトピックスごとに評価する。

――今回のGSDRはどのような構成になるのでしょうか。

蟹江 報告書は5章くらいで構成する。第1章では現在までの(SDGsに関する)取り組みを振り返り、第2章は今回のGSDR全体のコンセプトを紹介する。3章以降は(SDGs達成に向けた)変革をどうやったら起こすことができるのかについて、ガバナンス(統治)や個人・集団の行動、経済活動といったステークホルダー(利害関係者)ごとにまとめている。最終章は科学と政策の関係を取り上げ、政策について提言する。1回目の報告書はSDGsができたばかりだったので具体的な情報が少なかった。2回目となる今回の報告書は具体的な情報を集めて、SDGsを達成するために有効な政策的なツール(手段)を提示する。23年3~4月に最終版の草案ができ、9月の国連総会で公表される予定だ。

■中南米の政府代表に聞いた「SDGs」

――国際関係論がご専門ですが、SDGsに関わるようになったきっかけは。

蟹江 持続可能な開発について、国連を含めた様々な主体がどのような仕組みで関わるべきかというテーマについて長年研究してきた。低炭素経済への移行や貧困の半減をうたった国連の「ミレニアム開発目標(MDGs)」の達成期限を15年に迎える前に、12年にブラジルで開催された「国連持続可能な開発会議」(リオプラス20)でガバナンスが重要課題として取り上げられた。世界的な研究者のネットワークでこの課題に関する提言を出そうと準備する中で、11年にコロンビアとグアテマラの政府代表からポストMDGsとして「SDGs」という言葉を初めて聞いた。発展途上国代表の「今後の開発は持続可能でなければならない。目標を作ることで世界が変わる」との訴えに賛同して提言に入れたところ、リオプラス20の最終決議にも盛り込まれた。

――リオプラス20から10年が経過しましたが、SDGsは各国で浸透しましたか。

蟹江 日本ではSDGsという言葉はどこの国よりも浸透している。中身を理解しないまま、形だけやっている人も含めて「SDGsバブル」ともいうべき状況だ。理由はいくつかあるが、経団連が企業行動憲章にSDGsを盛り込み、経済界の意識が変わったのが大きかった。米国では「サステナビリティー(持続可能性)」という言葉はよく使うが、SDGsを耳にする機会は少ない。ただ、日本は言葉は浸透しているが、行動面では欧州の方が進んでいる。脱炭素社会への取り組み、生物多様性、ジェンダーの平等、貧困対策など(日本の)先を行っている。日本政府は推進本部を設けたが、形だけになっている。(岸田文雄政権が掲げる)「新しい資本主義」はSDGsと近いはずだが、不思議なほど話題に上らない。

蟹江 日本企業の動きはまちまちだ。SDGsについてよく理解し、本気で取り組み始めた企業がある一方で、短期的にはコストがかかる面を懸念する向きもある。他社に先行して取り組むメリットは大きい。SDGsに関する(製品規格などの)様々な国際標準化の波を主導することができる。日本企業はこれまでも国際標準作りで後手に回りがちだった。SDGsは未来の目標なので、そこにはチャンスがある。ESG(環境・社会・企業統治)はリスクに力点が置かれている。リスクを回避しつつ、将来のチャンスを生かす上でSDGs(への取り組み)が生きてくる。SDGsには多くの目標があるが、各企業はまずは目の前にある(自社に関係する)目標から対応していけばいい。

■「みせかけだけ」は自然淘汰

――SDGsやESGを掲げる企業が「グリーンウオッシュ(見せかけだけの環境対応)」との批判を受けることもあります。

蟹江 SDGsは(実際に行動しなくても)罰則があるわけでもないので、見せかけだけの企業が出てくる可能性はある。ただ、まったく何もしない企業に比べればSDGsのために何かをやろうと踏み出した企業を評価したい。若い世代はSDGsへの関心が高い。SDGsへの取り組みを掲げた企業に入社した若手社員が「もっとちゃんとやりましょう」と声を上げて具体的に動き出した事例も聞いた。「うさんくさい」という人もいるだろうが、目標を掲げるインパクトはけっして小さくない。本気で取り組もうとしている企業は、多少の批判があっても取り組みはやめない。批判されて取り組みをすぐにやめるような企業は自然に淘汰されるだろう。

――9月のSDGsフェスに登壇します。

蟹江 フェスに参加するたびに、日本ではいろんな分野で(SDGsのために)変革を起こそうとしている大手企業や中小企業、アントレプレナー(起業家)がいると実感する。ただ、8月に帰国して、1年前に比べてSDGsを巡る状況が少し変わったと感じた。昨年は礼賛ばかりだったが、最近は批判的な声も出てきた。SDGsが日本で普及したことの裏返しとも言える。これまではSDGsに取り組む成功事例を紹介することが多かったが、今後は追随する企業を増やすために、例えば、政策的に必要なことは何かといった横展開の幅広い議論が進むことを期待したい。

(聞き手は原田洋、松本治人、矢後衛撮影)

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