新たな社会インフラとして大きな期待が寄せられるメタバース。技術も概念も新しいため、現実的にどういった活用が可能なのか、模索が続いている。一方で、社会実装への動きも加速している。足元では、どんな活用が始まっているのか。産業、エンタメ、インフラ、3つの分野での取り組みと今後の展望について紹介する。
インダストリー、シミュレーションや協業に活用
非日常空間に没入できるとしてエンターテインメント分野で注目を集めるメタバースだが、製造業、物流業、小売業といった産業分野においても導入が着実に進んでいる。特に活用が加速しているジャンルが2つある。現実の空間や物体を仮想空間に再現した「デジタルツイン」とメタバース空間を使ったコラボレーション(協業)である。
デジタルツインでは、人や物の形状や動きのデータを取り込み、シミュレーションをすることが可能だ。製造業の設計・開発、生産現場の効率化、都市の計画および開発などでの活用が期待されている。
例えば、米NVIDIAは2021年に産業用にも活用できるメタバース開発プラットフォーム「オムニバース」をリリースした。オムニバース上では、工場や倉庫のデジタルツインを構築し、独シーメンスなど他社製のものも含め、様々なアプリケーションと連携して、ロボットや人間の動きをデジタルツイン上で検証、修正しながら、生産ラインを設計することが可能になっている。すでに独BMWが先端工場で導入・活用し、生産ラインの最適化を目指している。日本の産業界もこの動きに追随し、約60社がオムニバース導入の支援を始めている。
「デジタルツインの活用には段階がある。現状では実物の形状を再現し、さらにそれらの動きのデータも取り込むことで、物や人の動きを含めたシミュレーションが可能になっている。今後は現実空間での動きをセンサーでリアルタイムに取り込み、デジタルツインで検証しながらその場で現実の空間にフィードバックし、運用していく技術を目指すことになる」(NVIDIA・田中秀明氏)
今後、特に期待されるのが人工知能(AI)の進化だ。いずれはAIが工場を管理する自律システムが実現するだろう。装着の負担が少なく、低コストな眼鏡タイプのデバイス(ARグラス)の開発も待たれる。実現すれば、現場と管理センターで視野を共有しながら、効率的に作業を進めることが可能になる。
メタバースのもう一つの魅力が、リモートで複数人が検証用のデータに同時にアクセスしながら共同作業を進められる点だ。世界各地のスタッフが、デジタルツインのシミュレーションや、建築物の立体イメージなどをヘッドセットの視野やモニター画面で共有しながら、その場で試行錯誤を繰り返すことができる。企画・開発での生産性やクリエーティビティーの向上が期待される。
「産業用メタバースの活用で不可欠なのが、デジタルツインやAI技術に通じた人材だ。メタバースを提供する事業者だけでなく、利用する側にも人材は必要だ。産業界、そして国を挙げて教育体制を構築していくことが望まれる」(田中氏)
エンタメ、グローバル展開の起爆剤に
仮想現実(VR)やアバターなど関連技術との相性がよく、メタバースの活用が先行しているのがエンタメ業界だ。メタバースといえば、「ROBLOX」「VRChat」といったゲーム作品のヒットが印象的だが、実はゲーム以外でもメタバースの活用は進んでいる。韓国のKポップもその一つである。
BTSをはじめとするKポップのトップアーティストはアバターだけでなく、自前のメタバース空間を持つケースも多く、バーチャルライブやファンとの交流、企業とのコラボなどに活用している。韓国のエンタメ業界は国内市場が小規模なため、グローバル展開に力を入れてきた。距離の制約のないメタバースはグローバル展開でも使いやすく、積極的に投資をしてきた。さらにこの流れをコロナ禍が加速することになった。
「海外公演が不可能になったことで、いや応なくメタバースの活用が進み、その成果がこの1年で表れた。日本のエンタメ業界もこの動きに倣うだろう」(カヤックアキバスタジオ CXO天野清之氏)
すでにソニーグループではメタバースを成長領域と位置付け、2022年5月の経営方針説明会でエンタメの技術を生かし、ライブ感覚で楽しめる「感動空間」を構築するとしている。また、アソビシステムとActiv8は、23年3月、リアルとバーチャルの両面で活躍できる次世代型アーティストの創出などを行うと発表した。そして、その活躍の場として、同じく3月にKDDIがメタバース空間「αU metav erse」を公開した。
今後は、デジタルデータのオリジナル性を証明する非代替性トークン(NFT)技術を使って、デジタルデータに価値を持たせる動きが活発化するとみられている。「アートやアバター用ファッションなどのデジタル情報をモノ感覚で売買するようになれば、メタバース上の経済圏は大きく発展するだろう。クリエーターやアーティストの権利を守るルール作りが急がれる」(天野氏)
インフラ、都市3Dデータが開く活路
都市機能や暮らしやすさを向上させるスマートシティーをどうつくるか。老朽化が進むインフラの維持・更新をはじめ都市をめぐる課題は多い。そうした中、都市の3Dデータによるデジタルツインの活用に期待が寄せられている。
2021年に静岡県熱海市で土石流災害が発生した際は、静岡県が独自に作成していた3Dデータを利用し、シンメトリー・ディメンションズ(東京・渋谷)協力の下、土石流の被害状況を数時間で把握することができた。通常は1〜2カ月かかる調査・報告を即日行ったことで注目を集めた。こうした災害時における活用のほか、3D都市モデルはインフラ面で様々な利用が考えられる。
「ドローンや車の自動運転のルート計画、都市の風量解析などにも利用できるだろう。データを継続的に取得し分析していけば、既存のインフラの効率的な維持管理も可能になる」(シンメトリー・ディメンションズ CEO沼倉正吾氏)
3D都市モデルは、現在国土交通省による「プロジェクト・プラトー」でも整備が進められている。プラトーの魅力の一つとして、3D都市モデルのデータが無料で公開されていて、商用利用も可能なことが挙げられる。それにより、インフラ以外にも様々な場面で活用され、新たなサービスの誕生が期待されている。また、プラトーによる3D都市モデルのデータは、メタバース空間やエンタメ作品の背景に活用されるなど、電子空間でのインフラにもなり得る可能性をも秘めている。
「課題は更新頻度だ。例えば、プロジェクト・プラトーであれば、3〜5年周期の更新で済むが、デジタルツインとして活用するには、データを高頻度で取得、更新していくことが望まれる。それをいかに低コストで実現できるかが、最大のハードルとなる」(沼倉氏)
将来的には、自動航行が許可されたドローンを使って計測する、自動走行する車を使って計測する、といった方法もあるだろう。官民の協力が不可欠だ。