日経メタバースプロジェクト

メタバース実装の機熟す 広瀬通孝・東大名誉教授 日経メタバースコンソーシアム未来委員会座長に聞く

インタビュー メタバース AR・VR

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

仮想空間メタバースが新たな社会インフラとして期待された2022年度はメタバース元年だった。日本経済新聞社が「日経メタバースプロジェクト」を始動して1年。「日経メタバースコンソーシアム未来委員会」の議論を振り返り、どんな未来社会を築いていくか。同委員会座長で東京大学名誉教授の広瀬通孝氏に総括と展望を聞いた。

普及へのルール整備が急務

――メタバースを取り巻く状況はこの1年間でどう変わったか。

「メタバースがバズワード的にもてはやされる狂乱状態は終わり、企業や研究機関、行政などを含め、社会全体がより現実的な方向に向き始めた。メタバースに対する社会の理解が進んだことは進展といえる」

「私が30年にわたって研究している仮想現実(VR)技術は、端的にはバーチャル空間上で様々な体験を合成する技術だ。メタバースとの親和性も高いが、バーチャル空間に複数人のコミュニティーを構築できる点がメタバースの最大の特徴といえる。そうしたことが社会に理解されるようになった」 

「コロナ禍の影響も大きい。リモートワークの普及などを通し、社会は情報技術の便利さを改めて体感した。この便利さを知らなかったときには戻れない。メタバースの普及を前倒しにするなどの動きが出てくるのではないか」

――委員会ではこの1年間、どんな成果があったか。

「印象深いことの一つは、空間の縛りを超えて複数の人が集えるメタバース空間を、社会課題解決に生かそうという声が多くあがったことだ。たとえば『高齢者クラウド』などが実現すれば、高齢社会にふさわしい新しい働き方が浸透するだろう」

「メタバースにかかる社会課題解決への期待は非常に大きい。現実空間をバーチャル空間上に再現するデジタルツインは、災害時の避難シミュレーションなどにも有効だ。今後、人が操作しなくても自律的に動くアバターが登場すれば、シミュレーションの精度はさらに向上するのではないか。メタバースに自律的な知性を加えるという意味では、『チャットGPT』のような人工知能(AI)ソリューションとVRとを組み合わせたアプリケーションも必要となってくるだろう」

「委員会では、メタバース市場でビジネスモデルをいかに確立するかも真剣に議論された。現状、メタバース市場に参入している企業の多くは投資に見合う利益を獲得できておらず、このままではメタバースの発展を期待できない。これまで、メタバースを巡る議論の中心は技術だったが、今後は話の力点を変え、経済的な議論も詰める必要がある」

――委員会の議論から見えてきた課題は何か。

「経済圏の確立や、大量のユーザーの同時アクセスに耐える通信の確保、アバターの使い方など多岐にわたる。しかし最大の課題は、『我々は今後、メタバースで何をするのか』という軸が明確でないことだろう」

「委員会では、今後メタバースの目指すべき方向性として、社会、基盤というキーワードが盛んに取りざたされた。基盤技術には安定性が重要で、常に進化を求められる先端技術との間には、性格的に大きな乖離(かいり)がある」

「現状、メタバースに対する社会の認識は『なくても困らないが、あれば便利』というくらいのものだろう。それを『なくてはならないもの』に変え、社会を支える基盤へと育てていくべきだ。そのためには、技術進化のみならず、人間の考え方の抜本的な変革も必須だ。その意味でも、まだまだ議論を続けなければならない」

信頼と安定の社会基盤に

――2年目の2023年度は何を議題にしたいか。

「働き方改革についてはもっと深い議論をしていきたい。メタバースは人々の働き方を大きく変えつつある。アバターの効用やリモートワークのあり方などについて『こうしたらこうなるはずだ』という作業仮説を立て、タスクフォース的に具体的な社会問題解決の議論をする機会を持てればいいと考えている」

「メタバースが社会基盤になるための議論も深めたい。社会インフラとしての仮想空間の意味を考える必要がある。オランダの画家エッシャーのだまし絵(木版画)『空と水』は、上から下へと眺めると鳥が消えて魚が見えてくる。メタバースも社会基盤になると当たり前のものとして見えなくなるはずだ。その次元にまで持っていくには国も企業も個人も覚悟を決めて相当のことをする必要がある」

――23年度はメタバースで社会がどう変わるか。

「メタバースの会議でよく出る話題がジェンダー論。現在、VRチャットやソーシャルVRの利用者の8割は男性といわれるが、そのアバターのほとんどは女性キャラクターだ。アバターも声も女性だが、実は男性という人もいる。現実とは違う自分を求め、『プロテウス効果』も手伝って性差を緩和する方向にメタバースが作用すると思う。ジェンダーという概念自体が意味をなくす。社会的性差を考える機会になる」

――メタバースは最終的に何を目指すか。

「新しい仮想空間を使ってみんなで何をするか、今は何とでもなる段階だ。既得権益はなく、意外な業種がビジネスの領土として活用してくるはずだ。さらに重要なのは、社会問題の解決にメタバースを生かすことだ。若年労働力と工業生産を中心とした社会は、高齢化が進む今の日本向きではない。メタバースで新しい社会の仕組みやルールをつくる意義は大きい。そのためにメタバースは最終的に信頼できる安定した社会基盤になる必要がある」

(聞き手は池上輝彦、原田洋、撮影は矢後衛)

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

インタビュー メタバース AR・VR

閲覧履歴

    クリッピングした記事

    会員登録後、気になる記事をクリッピングできます。