持続可能なメタバース空間の利用を促進し、メタバースによる日本の産業を振興することを目的にスタートした日経メタバース・プロジェクト。その推進母体である日経メタバースコンソーシアムの未来委員会の第2回が9月20日に開催された。今回はメタバースの実装に向けての各フェーズ、企画・事業構想、研究開発、事業化に関する課題について議論が交わされた。(文中敬称略)
■デジタルツインで分析・予測
――メタバース事業の鍵の一つが、現実世界の情報をデジタル化し、仮想空間上に再現するデジタルツインだ。
沼倉 デジタルツインの概念は、製品開発の際にデジタル上で行われるデザインや動作のシミュレーションから拡大したものだ。近年は、CPU(中央演算処理装置)の処理速度の向上や人工知能(AI)の活用で、大規模なスケールで都市のデータ化が可能になった。これにより、都市の開発や維持管理の最適化、データの連携による新たなサービスの登場、エンタメ系サービスへの応用などが期待されている。
デジタルツインの活用法は、データの取得や連携の手法によって段階的に進む。まず、アーカイブをもとに分析や検討を行い、過去のある時点の状態を把握する段階。次にリアルタイムで現状を把握できるようにし、同時並行で遠隔操作などの働きかけを行う段階。そして、最終的には、リアルタイム情報をベースに未来の予測、プレディクションも行う。これがデジタルツインの目指す方向性だ。
■ユーザーニーズ把握を
――現状はどの段階か。デジタルツインを普及させるために必要なものは。
沼倉 現状は、アーカイブをもとにした分析・対応をいかに早めるかの段階だ。静岡県熱海市の土石流災害で即日、現状把握ができたのは、デジタルツインで使われるデータを活用した成果の一つだ。今後は、事故が起こる前に予測し、事前に対策を提案することも可能になるだろう。
都市のデジタルツイン化を進めるには、平面の地図情報に加え、3D(立体)情報、時系列のビッグデータなど、膨大な情報が必要になる。国土交通省が3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化を進めるプロジェクト「プラトー」は、それら情報の基盤となる存在だ。
このデジタルツイン、そしてメタバースなどの新しい技術をもとに、今、様々なプロダクトやサービスが生まれつつある。その際、開発側はユーザーのどんな問題を解決するのかという視点を見失ってはならないだろう。
宮川 現在のデジタルツインは、シミュレーターの用途を想定したものがほとんどだ。ただ、エンタメを中心とした生活者の欲求を捉えた様々なチャレンジも可能なはず。リアル連動のメタバースの可能性を広げるため、ユーザーのニーズを把握し、そこから逆算して企画していくことが必要だ。都市が舞台であれば、生活の利便性と都市問題の解決を直結させ、メタバースの価値を創出することが重要だろう。メタバースでの社会課題の解決につなげていくため、今後ユースケースを積み重ねていきたい。
天野 開発サイドは、制作と改修を同時に進めるスピード感が求められている。それを可能にするのがリアルタイムに膨大な情報をバーチャル空間上でやりとりできるメタバースだ。SDGs(持続可能な開発目標)的な観点からも、社会活動のデジタル化を急ぎ進めることが望ましい。メタバース空間での経済活動を可能にするためにも、都市情報のデジタル化は不可欠だ。
■3D都市モデルを倍増へ
――国土交通省が主導のプロジェクト、プラトーとは。
内山 プラトーはまちづくりのデジタルトランスフォーメーション(UDX)を進めるため、現実の都市をサイバー空間に再現する3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化の取り組み。3D都市モデルがデジタルツインを実現するためのデジタル・インフラとしての役割を果たし、多様な生き方や暮らし方を支えるサステナブルで人間中心のまちづくりを実現することが期待されている。
これまでプラトーでは、全国約60都市で3D都市モデルを整備し、これをオープンデータとして公開してきた。これをもとに、自動運転車両の位置測定、浸水シミュレーション、ドローンのルート設計、まちづくりゲームなど、多様な分野で新しいサービスが自治体ベースや民間ベースで誕生している。
今後も3D都市モデルの整備を進め、今年度は新たに約60都市を公開する予定だ。
■民間の取り組みにも期待
――こうした国の取り組みに期待することは。
広瀬 仮想空間を舞台に例えると、演者やシナリオだけでなく、背景も必要だ。広大な仮想空間の背景をつくるにはコストがかかる。その負担感からメタバースへの参入をためらう向きもあろう。官が主導するプラトーを利用することで、こうした負担が軽減される可能性がある。明治時代に苦労して鉄道を敷設したように、ソサエティー5.0(超スマート社会)のインフラとなるプラトーの拡大に期待したい。
内山 プラトーは都市スケールの「地図」であり、コンシューマー向けにそのまま利用するには粗い部分がある。ディテールアップのための工夫などが実際に様々な分野で行われており、ビジネス利用において民間がこの部分の知見を拡大していくことを期待している。
三浦 弊社では、例えば渋谷という現実空間にいるユーザーと、3D都市モデルによってつくられた仮想空間としての渋谷にいるユーザーが、同時に肩を並べて歩いているような感覚を味わえるコミュニケーション体験を開発している。プラトーのデータを活用できたことが、この取り組みを後押しした。仮想空間側の背景の解像度をスケールアップしていくには、機械学習モデルを組み合わせて描画に活用するなど、ユースケースを開発する側の工夫で可能になると考えている。
■人材育成が急務
田村 プラトーのデータも含め、メタバースの開発では、仕様の異なる様々なプラットフォームやデバイス、データを使いこなす必要がある。さらに、経済活動を展開させるには、ブロックチェーン、そして特定商品法や知財法など従来法の知識も必要だ。事業開発にあたっては、こういった幅広い要素技術や関連分野の知識が、開発部門、営業、企画販促、運用部門すべてに必要になる。こういった知識を体系的に習得した人材の育成が急務だ。体系的に学べる教育ツールや学びの場が求められる。
プラトーでは、3D都市モデルを題材に、新しい機能・商品・サービスのアイデアやプロトタイピングに取り組む短期イベント、ハッカソンを年間で何回も開催している。メタバースを体系的に学べる教育の場の事例として参考にしたい。また、倫理的・法的・社会的課題(ELSI)的な視点を持たせる教育体系もほしいところだ。新しい科学技術で、社会実装する際に生じる諸問題を早い段階から特定して、サービスの設計段階から潰していくような開発体系の確立も急がれる。
■安全性やコストに課題
――メタバース事業を支援している立場から見た、現状の課題とは。
岩花 課題は大きく4つある。1つ目は、理想と現実のギャップ。メタバースへの期待値は高く、壮大な世界観が語られる一方で、現時点で実現できることは限定的だ。
この要因となっているのが残りの課題である。2つ目は、デバイスなどの技術的な制約で、現状、入力はコントローラー主体であり、アウトプットも視覚や聴覚に頼る部分が大きい。そのため、実現可能なユースケースは絞られてしまう。モーションキャプチャー技術の進展や触覚と連携するデバイスの開発が待たれる。
3つ目は、ビジネスモデルの構築難易度。ユースケースが限られると、マネタイズできるポイントも限定される。一方で、フォトリアルな没入感の高いモデルをつくるには、コストがかかる。収支のバランスをどうとるかだ。
4つ目は、社会受容性をいかに高めていくか。代替不可能なトークン(NFT)という一種のデジタル鑑定書を使った経済活動が注目されているが、すでに不正利用などのトラブルも散見され、不安を抱く一般ユーザーもいる。
■社会受容性を高める
――課題解決の糸口はあるか。
岩花 トラブルを防ぐ仕組みや法規制を急ぎ整備し、一般ユーザーが安心して利用できる環境をつくるべきだ。同時に、メタバースが社会課題の解決や一般市民のニーズを満たす仕組みとして有用であるという認識を広げる努力も必要だ。安全性を高めながら、実証実験やユースケースの実績を積み重ねていきたい。
そして、参入コスト、利用コストの低減に向けた策も重要になってくるだろう。
田中 理想通りのデジタルツイン、メタバースを実現するには、扱うデータ量が膨大になり、コストもかかる。技術開発も必要だが、費用対効果を検討しながら、いかに扱うデータ量やプロセスをシュリンクさせるかが鍵となる。現段階ではクラウドサービスでシステムを構築するのが現実的で、弊社でもARやVRをストリーミングでできるよう開発中だ。
橋本 プロジェクトを検討する際、それが宣伝目的の短期スペシャルイベントなのか、恒常的なサービスとして継続させたいのか、目的を冷静に見極める必要がある。大手オンラインゲ―ムのように、ワールドワイドに24時間365日サーバーを動かすサービスを展開したいなら、サーバーにかかるコストはもちろん、運用のための人員の待遇や勤務体系もあらかじめ用意しておかなくてはならない。
天野 初めから莫大なコストをかけて勝負するのか、カジュアルでコンパクトなサービスでスタートするのか。様々なやり方がある。
広瀬 メタバースが普及すれば、生活様式や産業構造が大きく変わる。そこをにらんでグランドデザインを描き、新たなインフラで全国を一気にカバーしていく。そうした大きく変える部分と、小さくユースケースを積み重ねて社会受容性を高めていく部分と、同時に進めていくことが必要だろう。