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「僕はプライム会員じゃない」 白熱のアマゾン幹部会 『OBSESSION〜こだわり抜く力』 アマゾンジャパン前社長の経営論(中)

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アマゾンジャパン社長のジェフ・ハヤシダ氏は、アマゾン本社で幹部が集まる会議は常に刺激だったと振り返る。みなが自社のサービスを使い倒し、日々、そこから生まれた疑問をぶつけ合う。ちょっとした立ち話から、不便さを解消するアイデアが生まれる。

著書「OBSESSION」(松本和佳との共著、日本経済新聞出版)の中でハヤシダ氏はイノベーションが起こる仕組みについて解説する。イノベーションに大切な視点とは、何かを変えることを肯定するマインド。そして、変えたことに満足しないこと。「満足は最大の悪」と言う。

生活様式の変化こそビジネスチャンス

ワークライフバランスって何だろう?仕事と趣味の時間を7対3にすること?どうにかやりくりして、仕事の時間の一部を日常生活に振り向けるということ?

ワークライフバランスっていう言葉にはなにか、仕事を「させられている」人のイメージがつきまとう。仕事に追われ、日々疲弊している人に向けた、いたわりの言葉のような気がするんだ。僕にとっては、ワークライフバランスは意味のない言葉だ。人生と仕事を分ける必要ってあるのだろうか。昔から僕にはライフしかないよ。

仕事の時間とオフタイムがくっきりと分かれていた昔と違って、近年はオンオフの境目が徐々に薄れ、その流れがコロナ禍によって決定的になった。働く場所や服装が地続きになり、自宅でも仕事をする機会が増え、生活との境界線がかなりあいまいになった。

人々のライフスタイルが揺れ動いている今こそが、格好のビジネスチャンス。新しいニーズは生活様式の変化から次々と生まれ出てくるものだからね。そのニーズを敏感にとらえた先に、イノベーションの手掛かりが見つかるはずだ。

アマゾンはCX(Customer Experience=顧客体験)を重視する、お客様第一主義の会社だ。サービスは徹底的に改良する。データを駆使してニーズの変化を感じ取り、キレ者の技術者がCXを向上させる手立てをめぐって日夜ああだこうだとやっている。

ところが、こんな奮闘を続ける現場とはかけ離れた場所でも、ちょくちょくCX向上のヒントを掘り当てることがある。それが、幹部会議だ。

アマゾンの最大のヘビーユーザーは誰か?それは社員だ。世界中にいるあまたの社員はアマゾンのサービスにとって、最も厳しい評価を下すユーザーでもある。自分が満足できないこと、都合の悪いことが見つかれば容赦なく意見を上げてくる。

世界中のアマゾンの幹部も同じだ。もちろん、最大の客は創業者であるジェフ・ベゾスであることは言うまでもないのだけれど。

2005年、アマゾンが有料会員制プログラムであるプライム会員をアメリカでスタートさせた。日本で立ち上げたのは07年。プライム会員になると当日配送や有料でのビデオ配信といったサービスを利用できるようになる。

ところが僕は、日本でスタートしてもすぐには入会しなかった。

「君が納得できるサービスを考えろ」

シアトルのアマゾン本社で、全世界・地域のオペレーションチームの副社長、事業本部長クラスが50人ほど集まった幹部会の席で、ある幹部が「もうみんな、プライム会員だよね」と問いかけた。僕が「いや、まだなってないよ」と答えたら、「ええっ?」とどよめきが起こった。 

ある幹部が「ジェフ、日本のオペレーションのトップであるキミがプライム会員じゃないなんて……。それは問題だ」とこっぴどく批判したから、僕も負けずにこう答えた。「個人の生活に口を出すのはやめてくれないかな。フォードに勤めていたら、車はフォードしか乗らないの?トヨタにも乗ってみてはじめて、フォードに足りないものが見えてくるんじゃないの?」

それから僕は、なぜアマゾンプライムにメリットを感じていないのか、その理由を説明した。どの国や地域と比較しても、日本の配送は圧倒的に早いし、東京に住んでいるからそう不便はない。だから僕は当日配送をうたうことのメリットを感じなかった。しかも注文金額が一定額を超えたら各社とも配送料はタダになるから、僕は日本で配送料をほぼ払っていない。こんな状況で、わざわざアマゾンに追加でお金を払う必要はないよね、と。

加えて、アマゾンのプライム会員のためのビッグセールであるプライムデーについても意見した。これはもともと、クリスマス商戦の出荷数があまりにも突出していたため、年間でもう少し盛り上がる時期を別に作ろうと本社が考え、大成功した企画だ。けれども僕は「別に欲しいものもないし」などとつれない感想を披露した。そうしたら幹部会の議論が沸騰したんだ。自社の幹部が納得できるサービスじゃないのは問題だ、あらゆる消費者に刺さる良いサービスって何なんだ、ってね。

アマゾンでは成功しているサービスについても、異論を唱える「変わった」幹部が1人でもいたら、その何倍も何十倍も、同じことを感じているお客様がいるかもしれない、ととらえる。それで、「おまえがプライム会員になりたくなるようなサービスを考えてくれ」と言われた。 

立ち話から生まれる配送の改善

幹部たちは会議の都度、自分自身の顧客体験と照らし合わせながら業績を検証する。こんな具合に、価値を生む仕組みに幹部を含めた全社員がどんどん参加していくところがアマゾンの強みだ。日本の身内にはボスが余計なことを言うから仕事が増えた、と叱られたけどね。

日本に戻ったら、この会議の顚末(てんまつ)が販売を担当するチームの耳にも入っていて「何でシアトルで、わざわざ、プライム会員じゃないなんて言ったんですか」と責められた。でも、よくよく聞いてみたら、プライム会員になっていない社員がちらほらいることもわかってきた。ほらね。じゃあ、どうしたらプライム会員の魅力が増すんだろうね、と話し合うようになった。

結論から言うと、映画やテレビ番組の定額制ストリーミングとレンタルサービスを提供するプライムビデオがローンチしたのをきっかけとして、僕もプライム会員になった。それまでも幹部会で僕はよくTSUTAYAに行く話やジェイコムなどの配信サービスの話をしていた。コンテンツの充実がサービスの魅力を格段に上げることを感じていたからだ。

実際にプライムビデオは各エリアのコンテンツチームがコンテンツ集めに力を入れ、その結果としてアマゾンはどこよりも配信マーケットをデカくしていった。

後日の幹部会で、ようやく僕が会員になったことを話したら、「オー・マイ・ゴッド!ジェフがプライム会員になったらしいぜ」「やっとかよ」と方々から盛大にちゃかされた。「どうして会員になったの?」と聞かれたので、こう答えた。

「日本のTSUTAYAとは比べものにならないくらい古い映画がそろっている。子供時代に見た懐かしいコンテンツが、自分にとっては、ものすごくうれしかったんだ」とね。事実、アマゾンプライムでは古い映像の再生回数がものすごく多いんだ。

アマゾンでは幹部同士が集まった時に、「今日はキミ、お客様に何をしたの?お客様のために何を思いついた?」と普通に話す。

「返品の仕方が面倒くさいよね。かみさんに文句を言われてさ」「言えてる、言えてる。サイトがわかりにくいよね」と会話がどんどん膨らんでくる。

そのうち、配送ラベルに記載されている情報や箱の開け方に話が及んで、「QRコードがあるんだから不要な情報は省こう」「箱が開けにくいよな。ミシン目を付けて開けやすくしようよ」といって新しい仕組みや考え方がその場で生まれていく。

これ、立派なイノベーションなんだ。イノベーションとは「ワオ!」みたいに、今まで経験したことがないものが突如生まれてくるものだと思っているなら、それは間違い。

今あるサービスや商品の何か1つの機能が便利になったり、ちょっとした無駄が省けたりすれば、それは立派な進化であり、イノベーションだ。そして、その累積が新しい発明につながることがある。

ライト兄弟は最初、たかだか30メートルの飛行に成功しただけだった。だが、より遠くに飛ぼうと地道に実験を重ね、そこからエンジンの小型化や素材の開発につながっていった。

アマゾンの幹部たちのように、10人がいれば10の視点がある。それぞれの視点から見つかった1つ1つの改善項目や修正点も、積もり積もれば消費者にとっては大きな利便を生む。普段から、小さな不便や欠落に気づく視点を持とう、と心がけている人は、それだけで会社に大きな貢献ができるんだ。

イノベーションに大切なことは、何かを変えることを肯定するマインドだ。そして、変えたことに満足しないことも重要といえる。満足は最大の悪だ。自社の製品やサービスを使って、使って、使い倒す。ヘビーユーザーになって、競合する製品やサービスと比べながら検証する。

「そんなこと、うちの会社だってやっているよ」と、おそらく多くの企業が答えるだろう。本当に?使うだけではだめだ。視点が肝心だ。

(「OBSESSION」第2章から抜粋)

《著者略歴》
ジェフ・ハヤシダ CoEvo代表
米ポートランド州立大学を卒業後、自動車を含む複数のメーカー勤務を経た後に日本の家電メーカー、エプソンのポートランド工場長に就き、国内外工場の中でトップの品質と生産性を誇る水準に導いた。2005年アマゾンジャパンに入社しフルフィルメント事業部ディレクターとなる。11〜21年、アマゾン本社副社長兼アマゾンジャパン社長を務めた。

松本和佳(まつもと・わか)日本経済新聞シニア・エディター。23年4月からTHE NIKKEI MAGAZINE編集長。

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