「アフターコロナの地方創生~具体的事例から考える持続可能な経済循環~」と題し、日本経済新聞社は10月に地方創生フォーラムを開催した。政府がデジタル田園都市国家構想の実現へと動き出す中、各地でも社会課題の解決に向けた様々な取り組みが行われている。大学教育を通した人材育成、女性市長の奮闘、ポジティブな移住促進など社会実装に向けた活動を紹介する。
■年内めどに総合戦略
内閣府特命担当大臣(地方創生)、デジタル田園都市国家構想担当大臣
岡田 直樹氏
岸田内閣はデジタルで地域の社会課題を解決し、魅力を向上させて地域活性化を推進するデジタル田園都市国家構想を掲げ、構想実現会議を設置した。2021年度補正予算では、デジタルの実装に取り組む地方創生に強い意欲のある自治体を支援する交付金を新設し、本年度は約500の自治体を支援している。
また、6月にはデジタル田園都市国家構想基本方針を閣議決定し、これまでの地方創生の取り組みを継承しながら「5Gなどのデジタル基盤の整備」「230万人のデジタル人材の育成と確保」など具体的な取り組みをまとめた。来年度から2027年度までの5年間の具体的な目標と工程表をまとめ、中長期的な方向を提示する総合戦略を、年内をめどに策定する。
引き続き、さらなる地方活性化に向けて政府一丸となり、地方自治体、企業などの関係団体、住民の方々と十分に連携して取り組みを深化させていく。
■デジタルを積極活用
内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局 審議官
布施田 英生氏
地方の社会課題解決や魅力向上にはデジタルの活用が切り札になるだろう。そのため、デジタル田園都市国家構想では、地方の課題を成長のエンジンへと転換し持続可能な経済社会の実現や新たな成長を目指す。
最初の柱がデジタルの力を活用した地方の社会課題解決だ。スマート農業や中小企業DXなどで地方に仕事をつくり、サテライトオフィス整備などによる転職なき移住や2地域居住を推進し人の流れをつくる。
さらにデジタルインフラ整備とマイナンバーカードの普及促進、利用拡大を進め、国と地方、公共と企業のデータ連携基盤を構築する。3つ目の柱は地域の社会課題解決をけん引するデジタル人材の育成と確保。 2026年度までにデジタル人材を230万人育成する。4つ目がデジタル化の恩恵をあらゆる人が享受できる「誰一人取り残されない社会」の実現。この構想をご理解いただき、積極的に参加していただきたい。
■港町神戸で里山再生
神戸市長
久元 喜造氏
里山の再生は、SDGs(持続可能な開発目標)推進の上で非常に大事な課題だと考えている。神戸市は放置された森林の再生を進め、輪伐を行っている。これは森林を区切り1区画ずつ丁寧に伐採する森林管理の手法で、樹木の高齢化や高木化、倒木を防ぐ。人々が安全に入ることができ、陽が差し込む明るい森林へと再生する取り組みだ。
これにより樹種の単調化を防ぎ、複層林を再生して生物多様性も向上する。里山の森林の二酸化炭素(CO2)吸収能力を向上させ、伐採林の木材利用も促進して100年以上安定貯蔵できるバイオ炭の製造にも取り組む。
コロナ禍で学生のアルバイト先が少なくなり、勉強との両立に苦労するケースがあった。そうした学生達に就労の機会を提供する取り組みの一つとして、里山の生物多様性保全活動を行った。手入れが行き届かなくなった里山の整備を行い、竹林の手入れや樹木の調査、棚田環境の手入れなど、学生を緊急雇用して延べ851人に参加してもらった。より息の長い活動とするためにボランティア学生による里山活動「リコラボ神戸」も始めた。
イノシシやシカなどの有害鳥獣の捕獲も大切だ。野生生物と人間との境目、距離があいまいにならないように里山を管理していかなければいけない。
下水の汚泥からリンを回収する日本初の取り組みも行っている。リンは市内の農地で肥料に使用し、循環型の農業やライフスタイルをつくる。間伐材などは公共施設でも活用していて、六甲山のトイレなど地産地消で有効利用している。
神戸市は、約800戸の茅葺き(かやぶき)民家が存在し、全国の自治体では最も多いと推定されている。その茅葺き民家を生かしたカフェなども次々生まれ、地域の皆さんや移住されてきた皆さん、訪問客らが語らい、イベントを楽しむ動きが広がっている。
■女性の意見反映がカギ
上智大学法学部 教授
三浦 まり氏
地方創生のカギは、ジェンダーにあると確信している。地域住民の約半数を占める女性の声が反映されなければ、効果のある地方創生にはならないからだ。
参議院議員の女性の割合は約26%まで増えた。しかし、衆議院は依然少なく、地方行政も意思決定に関わる女性が非常に少ない。知事は戦後7人しかおらず、市区町村長はわずか2.3%、市町村議会の約17%は女性ゼロだ。政治家の関心事項や優先順位には男女で違いがあり、女性の課題や意見は反映されにくい。女性の立候補を支援する枠組みの整備が必要だ。
■出馬しやすい選挙制度を
徳島県 三好市長 高井 美穂氏
埼玉県 和光市長 柴﨑 光子氏
元大津市長 三浦法律事務所 弁護士 OnBoard株式会社 CEO 越 直美氏
三浦 女性市長になったことで、自治体にどのような変化があったか。
藤田 私が加茂市長になって最初に実行したのが、財政難からの行財政健全化だった。当初87万円しかなかった財政調整基金が現在は4億円まで積み上がった。私自身にしがらみがなかったから、できたと思う。市役所の課長補佐・課長の女性の割合は2%から24%に、審議会の審議委員も男女比9対11になったことで議論が活発になった。
高井 三好市は女性管理職の割合が約4割だ。人口減少が進み、約2万3700人の住民が年齢や経歴にかかわらず助け合わざるをえないことが、女性管理職が自然に増えた理由だと思う。市長になってまだ1年2カ月ほどだが、親しみやすい、話しやすいと言っていただいている。政策課題の中心である介護や医療、教育などの分野は女性が多く活躍しており、その意見を反映するのは必然だ。
柴﨑 私も女性市長だからこそ親しみが持てるという声をよく聞く。和光市は高い交通ポテンシャルを持ち、人口は増加傾向だ。過去に3年間シンガポールで暮らした経験から、今後は外国の方々と地域住民との交流の場を設けるなど、多様な人々が自分なりに楽しく過ごせる市にしたい。
越 2012年に大津市長になり8年間で保育園等を54園つくった。待機児童が4年(年度当初)ゼロになり、0~5歳の子を持つ働く女性が70%増え税収も増えた。女性が住みやすい街をつくることは人口減少を食い止める一つの手段だ。女性の思いや苦労が地方自治に反映されていないことが多々あるが、首長や議員が女性になることでより市政に反映できると思う。
三浦 政治の世界はまだまだ男性中心。どのような苦労があったか。
藤田 私は市長選に出る時の壁が最も大きかった。市議会に出る際はそうでもなかったが、市長選となると家族の理解を得るのが大変で、選挙費用のために子どもの学費用の貯金を崩さなくてはならなかった。まず選挙のハードルを越えることが第1関門だと思う。
高井 政治の世界に入れば給料や待遇は平等だが、やはりそこに至るための過程が大変だ。若い頃は特に見下げられている感じを受けることもあった。今後、女性政治家が増えればモデルケースができ、悩みの共有ができるのではないか。更年期障害などライフサイクルを乗り越える中での悩みや心配もあると思う。
柴﨑 私はもともと人前に出ることに抵抗があり、選挙の時に自分の顔を売らなければならないとか、名前を大きな声で何回も言うことに抵抗があった。選挙期間中は「あなたの家族は賛成しているの」など、男性には言わないような言葉を投げ掛けられた。この仕事は本当にやりがいがあるだけに、選挙制度をもっと変えていただけると女性も出やすくなる。
越 市長時代、職員との協議中に扉をバーンと閉めて出ていかれることもあった。私が予算の使い方を大きく変えようとしたことに原因があったのだろう。日本が人口減少で変化している時代に、30年前と同じ予算配分に疑問を抱かない組織は怖い。時代に合わせて変化するためにも、女性も含めたダイバーシティーの推進が大事だと感じる。
■自発的な移住増加
SAGOJO 執行役員/事業統括責任者 井谷 太一氏
「移住・交流が促進する地方創生」をテーマにしたセッションでは渡邊氏の基調講演の後、JOIN会員企業のSAGOJO・井谷氏との対談が行われた。
渡邊 7月の内閣府調査でも地域暮らしへの関心が高まっているとの結果が出た。特に東京23区、若者でその傾向が顕著。コロナを機に場所に縛られない働き方、地方暮らしを考える人が増えた。地域貢献志向も高まり、移住が自発的な行動へと変わっている。都市と関係性を持ちながら地域で暮らす「両極融合」の時代に変化している。
JOINは、移住者と地域の双方がメリットを得られる関係づくりを目指し、会員企業とともに両者をつなぐ活動を推進していく。来年1月、東京ビッグサイトでJOIN移住・交流フェアを大規模開催する。
井谷 当社は「旅×仕事」をコンセプトに地域に足りないスキルを持つ"旅人"と地域をマッチングして、課題解決や関係人口創出の支援をしている。旅人とは移動や仕事へのモチベーションが高い人で、観光客ではなく地域を一緒に盛り上げる存在。対価はお金だけでなく無料宿泊や体験そのものだ。多拠点暮らしや新しい旅の形、副業などへの関心は高く約2万5000人の登録者がいる。
渡邊 移住にはその前の段階が重要だ。関係人口増加の意味や、連携事例を教えてほしい。
井谷 その地域に能動的に関わる人を関係人口と呼んでいる。元々興味があった人も、なかった人も我々が関わりの場を提供することでチャンスと感じ飛び込んできてくれる。それが別の人を呼び、地域が盛り上がっていることが外から見えやすくなって巻き込まれる人がまた増える。奈良県吉野町では農泊から始まり、今ではふるさと納税の返礼品開発や地域の魅力発信なども担っている。