アトツギの作法

大阪の表具老舗、祖業生かした新規事業で承継に弾み どうする事業承継 アトツギの作法 清華堂(大阪市)

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清華堂(大阪市)は掛け軸、屏風といった表具の制作、修復や美術品装飾を手掛ける。表具修復時に使う補修用液剤の噴霧技術を生かし、抗ウイルス加工サービスに進出。新型コロナウイルス感染対策の需要をとらえ、短期間で主力事業に育て上げた。新事業を軌道に乗せたことが、円滑な事業承継につながった。

「継ぐなら違う事業を」

同社は1923年創業だ。表具は寺院や神社に欠かせないが、地元の大阪府は593年創建と伝わる四天王寺をはじめ寺院が多く、現在も都道府県で全国2位の寺院数を誇る。かつては家屋に掛け軸を飾る日本間があるのが一般的で表具の需要は大きかった。

古い表具の修復は表具師の匠(たくみ)の技が必要だ。酸化などで表面が劣化した表具に薬剤を吹き付けたり、塗ったりして表面の黄ばみや虫食いの原因となる有機物を取り除いていく。薬剤をムラなく吹き付けたり塗ったりしないと、うまく修復ができない。

ただ、最近は日本間がある住宅が減り、表具の制作、修復ともに顧客は減少傾向だ。88年に3代目として家業を継いだ岡本吉隆氏(66)は、表具師の新たな担い手や同業の協同組合の組合員が減少を続ける業界の厳しい現実を目の当たりにしてきた。

「家業を無理に継ぐ必要はない」。吉隆氏は長男の諭志氏(36)に言い聞かせてきた。一方、諭志氏は曽祖父が創業し、子供の頃から見てきた家業への思いがあった。「掛け軸や屏風を飾る和風内装が減っているなら、和風内装を増やせる工夫ができないか」と考え、大学、大学院で建築学を学んだ。建築業の家業を継ぐ決意を固めた同窓生にも刺激を受けた。

大学院修了後は建築事務所に勤務したが、2015年のある日、金沢市の親戚を家族で訪ねた時、諭志氏は吉隆氏に「今抱えている仕事が一段落する2年後には家業に入りたい」と告げた。

長男からの突然の申し出に吉隆氏は驚いた。後継者不在のままどこまで事業を続けていけるのか、自分の代で廃業することも含めて思いを巡らせていたからだ。諭志氏が継ぐことは想定していなかった。「今のままなら仕事の先行きは難しい。違う事業を新たに始めるならいいが、そのまま継ぐのなら反対だ」とたしなめつつも、諭志氏の意気込みは頼もしくもあった。

17年9月に諭志氏は新規事業担当として清華堂に入社。ホームページの整備など、後方支援を担いながら、業務を学んでいった。新規事業開発の転機となったのが、18年秋に神戸市の酒造会社から舞い込んだ美術品保管庫の修復作業だった。台風で壁が壊れた保管庫全体のコーティングによるカビ対策を求められた。

表具技術生かせる新事業

新規事業立ち上げの絶好の機会とは思いつつも表具の修復とは勝手が違う。有効な方法が見つからないまま約1年が過ぎた19年秋、吉隆、諭志両氏は要望に応えられる新たな材料を求め、大阪市内のコーティング材料展示会を訪ねた。入場後手分けして会場をめぐり、両氏が共通で見入ったのが「リン酸チタニア」という抗菌、抗ウイルス薬剤だった。

十分な効果を発揮するには丁寧なコーティング施工が必要であることも知った。表具師でもある吉隆氏は「当社の表具師の技術があれば、コーティングもうまくできる」と直感した。諭志氏が中心になって、薬剤メーカーと実験を重ね、20年の年明けには抗ウイルスコーティング加工サービス実用化へ手応えをつかめた。

同じころ、国内でも新型コロナウイルスの感染拡大が始まっていた。両氏は「今後は展覧会が激減し、美術品の装飾の仕事が激減する」と危機感を募らせた。

そんなときに、諭志氏が20年2月に車内の抗菌、抗ウイルス化を進めようとしていた関西私鉄バス大手の担当者と知り合い、グループの電車、バス車両への導入に成功した。抗菌製品技術協議会(SIAA)の抗ウイルス加工サービスの認証も取得できた。

「同じリン酸チタニアコーティング加工でも、他社はSIAAの認証をなかなか取得できない。このサービスは表具師の技術がある当社ならではの優位性が確保できる」。諭志氏は新規事業を拡大できる確信が持てた。

SIAA認証を機に宿泊施設、公共施設などにも抗ウイルス加工の引き合いが相次ぎ、東京五輪・パラリンピック開催前に、会場となった国立競技場の座席の加工の受注にも成功した。

サービス開始から短期間で、抗ウイルス加工事業は清華堂の売上高の7割強を占める事業に育った。新規事業担当の諭志氏は、清華堂を代表して問い合わせなどの対応に追われることが多くなり、21年1月には専務に就任した。

「一気に承継進める」

創業百周年の23年に社長の座を譲ろうと考えていた吉隆氏だったが「若い世代は思考回路、発想が違う。新規事業も軌道に乗った今、一気に事業承継を進めた方がいい」と考えるようになった。専務就任からわずか3カ月後の21年4月、吉隆氏は諭志氏に「もう代わるか」と告げた。7月には社長を交代し、吉隆氏は代表権を持たない会長に退いた。

経営の承継を果たした後の課題は株式の承継だ。持ち株の比率は吉隆氏が64%、吉隆氏の夫人が20%、諭志氏が9%などとなっていて、諭志氏の持ち株比率を高めていかなければならない。

吉隆氏は諭志氏が入社した17年以降、金融機関や公認会計士から助言も受けて株式の承継の方法について考えてきた。当初は一定の贈与額の範囲までなら課税されない「暦年贈与」を考えていたが、「もともと祖業の収入が安定しているので、当社の株価は高い。暦年贈与では承継に時間がかかってしまう」(吉隆氏)と懸念する。

別の方法として検討しているのが「特例事業承継税制」だ。後継者を決めて承継計画をつくるなど、一定の要件を満たせば贈与税、相続税の支払いを全額猶予できる仕組みで、認定を受けるための申請を出した。

諭志氏も社長就任前後から株式の承継の方法について学んでいる。「手元のキャッシュの状況をみて、不動産を購入するなど株価を下げる方法もある。時期、状況、コンセプトを考えながら株式の承継を進めたい」考えだ。

諭志氏は抗ウイルス加工に続く新規事業も検討中だ。例えば、「最近は古い表具の保存のため、代わりに飾るレプリカの需要も増えている。当社の高精細スキャニングを生かすことができる」という。吉隆氏は「後継者がいるのといないのとでは、これほどまでに事業計画が変わるのかと驚いている。息子に感謝している」と安堵の表情を浮かべた。

(一丸忠靖)

「どうする事業承継 アトツギの作法」は中小企業診断士の資格を持つベテランのライターが、事業承継に取り組んだ中小・中堅企業の実例をリポートします。随時掲載。

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