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残業時間の職場トイレ 部下が倒れていた場合の責任 職場トイレのリスク管理 健康管理編(下) 健康企業代表・医師 亀田高志

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製造業や建設業の労災事故防止のための労働安全管理では、単独の作業について事業者は注意が必要です。けがを負ったり、体調不良になったりした場合に、すぐに助けが来ない可能性が高いためです。近年はシニア層の労災事故は男女を問わず増加傾向にあり、夏場の熱中症対策も含めて単独の作業は避けるのが無難でしょう。

一方で、ビル内のオフィスで働く従業員が1人で残業していることを健康管理上のリスクと捉える管理職は少ないかもしれません。トイレの中で失神、脳卒中や心臓発作を起こす確率は高くありません。ただ、警備員が定期的に見回りしない限り、トイレで意識不明の状態になった人は、翌朝に清掃員が入るか、同僚や同じビルに入居する他の企業の従業員が利用するまで発見されないことになります。

自分が部下に命じた業務による残業時間帯にトイレで倒れていた場合、上司であるあなたが責任を問われる可能性があることは知っておく必要があります。

家族から労災申請され、神経をすり減らす状況に

職場の健康管理の実務を手掛けてきた経験から、トイレの中で倒れた従業員が1人で残業していた状況であった場合、家族から見れば、長時間労働を強いられた揚げ句に重病になったと捉えられます。「過労死」という言葉が定着して久しいですが、40時間を超えて労働させた時間が直近の1カ月で100時間を超えていた場合、あるいは2カ月から6カ月の平均が80時間超の場合には、本人ないし家族から労災補償が請求され、その支給が決定される場合があります。現在はいわゆるパワハラやセクハラがあった場合には、より短い時間外労働時間でも認定される基準になっています。

過労死等防止対策推進法では、「過労死等」という言葉は①脳卒中や心臓発作で亡くなった場合②いわゆる過労自殺のケース③死亡には至らない脳卒中、心臓病、精神障害の3つと定義されています。同法では過労死等に関する調査研究や、政府が大綱を定めること等の対策を進めていくことをうたっています。

そうした事案があった場合、当初の職場内の反応は「彼は仕事好きだったから」とか「管理職だから仕方がない」といったものになりがちです。しかし、家族から見れば、毎日仕事に追われて疲労する様子を間近で見ていますから、「大切な人が倒れてしまった。何とひどい職場なのだろう」と感じるでしょう。

実際に労災が申請されると、労働基準監督署の監督官が職場を訪問し、聞き取り調査が行われ、資料の提出を求められます。本人や家族とのやり取りに、職場の関係者は神経をすり減らす状況に追い込まれていきます。

残業を繰り返すことで進む動脈硬化

前回の記事(「職場トイレで具合が悪くなった時、助けを呼べますか?」)で説明したように、トイレで排便や排尿の際には、血圧が変動しやすく、特に便秘気味の人は、いきむことで血圧の上昇が著しいことがあります。高血圧や脂質異常症、あるいは糖尿病の状態が長いほど、動脈硬化が進行して、40歳代、50歳代、60歳代と年齢が上がるにつれて脳卒中や心臓発作を起こす確率が上昇してきます。

動脈硬化に影響する過重労働は大きな問題です。時間外労働を含めて職場のストレスを受け続けることは、直接的に血圧や血糖値の上昇を招きます。特に首都圏では通勤時間も長いことが多く、睡眠時間が少なくなります。睡眠不足は血圧の上昇を招くほか、遅い時間の夕食は血糖値を上げる可能性が指摘されています。また過重労働が続くと、気晴らしとして運動や散歩、趣味の時間をとることができません。むしろ、メタボ(メタボリックシンドローム)を助長する甘いお菓子やお酒、タバコのような嗜好品の消費量が増えるでしょう。

このため、政府や行政の進める対策は過労死などを防ぐため、年次有給休暇の取得促進、労働時間等の設定の改善、ワーク・ライフ・バランスの推進を求めています。

テレワーク中のトイレにも要注意

新型コロナウイルス感染症の流行拡大で急激に進んだ在宅勤務を中心とするテレワークでも、トイレでの体調不良にも注意が必要です。自身の常識にとらわれて、部下が在宅だからといって、体調不良時の対応は自己責任だと放っておくわけにはいきません。テレワークによる過重な業務が健康に悪影響を及ぼす危険を予見し、その危険を回避する義務を職場や上司は免れません。

在宅勤務でも部下は締め切りのある仕事に追われると疲労が蓄積していきます。テレワークの最中に部下を見張ってばかりいると、トイレに行かないように無理をする人が増えます。食事ばかりか水を飲むことさえ我慢して脱水気味になったり、体調不良を起こしやすくなったりします。オフィスに出勤している時は、昼食や休憩の時間帯に部下の後を付け回す上司はいないでしょう。テレワーク中も休憩を取ったり、休止時間を設けたりして、部下がリラックスしてトイレに行けるように配慮することが肝要です。

厚生労働省は、自宅などで心身の健康に生じた問題を職場の衛生管理者が把握する方法を定めることや、上司が部下の心身の状況やその変化を的確に把握できる取り組みの実施を求めています。職場と部下の自宅は物理的な距離があって難しい面はあるでしょうが、トイレ内も含めて在宅勤務中に重病となった場合の対応手順を、職場内の担当部署に相談した上で部下に周知しておくことが大切なのです。

*本稿の参照情報 厚生労働省「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン

亀田 高志(かめだ・たかし)
労働衛生コンサルタント、日本内科学会認定内科医、日本医師会認定産業医
 1991年産業医科大学医学部卒。職場のメンタルヘルス対策、高年齢労働に伴う安全衛生・健康管理及び感染症を含む危機管理対策を専門とし、企業や自治体、人事担当者や専門家向けにコンサルティングと教育・啓発を手掛ける。福岡産業保健総合支援センター産業保健相談員、国際EAP協会日本支部理事、日本産業衛生学会エイジマネジメント研究会世話人を務める。社会保険労務士がメンタルヘルス対策等を学ぶ「健康企業推進研究会」を主宰する。
 著書は『管理職ガイド~はじめてでも分かる若手の取説(令和のZ世代を受け入れ、育て、問題に対処するポイント)』(労働開発研究会)、『第2版 管理職のためのメンタルヘルス・マネジメント』(労務行政研究所)、『改訂版 人事担当者のためのメンタルヘルス復職支援』(同)、『【図解】新型コロナウイルス メンタルヘルス対策』(エクスナレッジ)、『課題ごとに解決!健康経営マニュアル』(日本法令)『社労士がすぐに使える!メンタルヘルス実務対応の知識とスキル』(同)等。

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