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ネットスーパー支援スタートアップの「超透明経営」 成長人材を獲得、社員の熱意向上にも寄与

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創業から5年のスタートアップ企業で、ブログやポッドキャストで社内事情や詳細な経営情報を公開して注目を集めるのが、ネットスーパー向けアプリなどのシステム構築を支援する10X(テンエックス、東京・中央)だ。情報を発信するスタートアップは多いが、同社ほど経営のトランスペアレンシー(透明性)が高い企業は少ないだろう。積極的な情報発信を優秀な人材の獲得や社員の一体感向上につなげている。

10月3日、10Xの創業者で最高経営責任者(CEO)の矢本真丈氏は「組織と人事に向き合ったCEOの12ケ月」と題するブログを公表した。矢本氏は主力製品のネットスーパー向けシステム「Stailer」について2021年9月に顧客の決済にかかわる問題があったことをつづり、当時の状況を「自身の緊張感のレベルは一気にエスカレーション。(中略)予定していた売上発生の大幅な遅延につながっており、クリアできなければ事業継続自体が難しい大きな出来事でした」と生々しく振り返った。

10Xは献立推薦アプリを提供する企業として17年に創業した。20年に投入したStailerがイトーヨーカ堂に採用されたことをきっかけに急成長している注目のスタートアップだ。Stailerは小売企業の従業員向けアプリと消費者向けアプリで構成する。従業員向けアプリは在庫管理や商品のピッキング、配送業務までを幅広くカバーできる。消費者向けアプリは数万種類の商品群からキーワード検索や購入履歴などを通じてスムーズに買い物できる工夫が施されている。

ネットスーパーを運営してきた事業者は既存のシステムを改修せずに利便性の高いスマートフォンアプリを提供できる。新たにネットスーパーを展開したい事業者は既存の商品データをStailerと連携することでネット用の商品データを整備でき、スムーズな立ち上げが可能だ。こうした利点から、イトーヨーカ堂のほか大手スーパーのライフ、クリエイトやスギ薬局といった大手ドラッグストアなど計9社がECに採用した。

「情報開示は経営者の責任」

矢本氏はブログで同社の屋台骨である主力製品に起きたマイナス情報を公開し、その原因が「経営(いや、私)の『品質』に対する認識の甘さ」だったと猛省してみせた。そのうえで顧客が安心して利用できるシステムを構築するための組織改革に1年間かけたと説明した。採用面接の場などで「(矢本氏が)プロダクトや事業開発に熱がある人だと思っていたら、組織のことばかりツイートしている。なんで社長が『組織』なんですか?」と問われる機会が増えたことに応えたブログだった。

経営体制が盤石とはいえないスタートアップのCEO自らが、過去の経営の失策までも公にするというのは容易にできることではない。下手をすれば投資家離れや顧客離れを招くリスクがあるため、外部に知らせたくないと考える方が自然だろう。しかし、矢本氏は「情報開示とは経営者の責任。自分自身が情報を発信することが最もコストが低い」と言い切る。

発信によって人材採用も効率化

広報担当の中沢理香CCO(チーフ・コミュニケーション・オフィサー)は、トップが積極的に情報発信する意図を「採用面接で候補者から聞かれることはだいたい決まっている。CEOが自らのアタマの中の整理もかねてブログで考え方を言語化しておけば、候補者との『情報の非対称性』を減らすことができる。採用面接には(同社も候補者も)コストがかかるが、当社のようなカルチャーの会社で働きたいと思った人が応募してくれるようにすると効率よくマッチングしやすくなる」と優秀な人材を採用する際のメリットの大きさを説明する。7月に入社したある30代男性社員は「前の会社の経営陣に比べ、10Xの経営陣からは『伝えたい』という意思をすごく感じた」と情報発信が入社の決め手だったと振り返る。

青森県出身の矢本氏がブログを始めたのは、東北大学大学院を修了し、総合商社の丸紅に入社した12年の10月からだ。「総合商社へ半年間勤務した所感」と題する当時のブログでは、希望した部署に配属されながらも「やりたかったこと、ありたい自分と現状の乖離(かいり)がすごすぎてびっくりしている」と新入社員ならではの悩みを吐露している。

入社翌年に丸紅を辞め、一般社団法人で自らも被災した東日本大震災からの復興支援プロジェクトに携わった。この際、東北の事業者向けにサービスを提供するためブログを活用し始めた。その後、子供服のEC(電子商取引)企業の起業に参画した際、人材を採用するためにブログを使った。さらに、メルカリの新規事業についてブログを書いたところ、同社から声がかかって入社が決まった。メルカリで育児休暇を取得中に着想したアイデアをもとに起業したのが10Xだ。このように、矢本氏はブログとともに自らの人生を切り開いてきた。情報発信の手段としてツイッターも使うが「ツイッターの情報は流れてしまうのに対し、ブログは文章として残るストック情報。検索でいつでもたどりつけ、何度も読んでもらえる」(矢本氏)とその効用を語る。

ポッドキャストで新入社員を紹介する理由

同社がブログと同様に情報発信のツールとして活用するのがポッドキャストだ。例えば、新入社員の自己紹介に活用している。中沢CCOが質問者となり、新入社員が30分間で入社までの経歴と理由、入社後に担当する仕事を話した後、10Xが掲げる3つのバリュー(価値観)の中から最も好きなバリューを選んでその理由を語る。

3つのバリューとは、自社の理想の未来を考える「Think 10x」、社員が受け身にならず自ら機会を創る「Take Ownership」、チームの成果に集中する「As One Team」で構成する。ある新入社員は「入社後に困っていたら(同僚が)助けてくれたので、『As One Team』が一番好きです」と回答した。

中沢氏は「社員が80人以上に増え、お互いにリアルに会う機会は限られてきた。社員にはポッドキャストを聞くことを強制しないが、仕事中でなくても聞けるし、自分は犬の散歩中に聞いている」と話す。このように、同社はポッドキャストを通じて社員の一体感を高め、エンゲージメント(仕事への熱意)向上につなげている。

矢本CEOはブログとポッドキャストの使い分けについて「ポッドキャストは(社員や取引先など)当社についてよく理解している人への情報発信に向いている」としたうえで、その活用法について「(一方的に話すより)会話の方が理解しやすい」と指摘する。同社の他のポッドキャストも社内外関係者との対話形式のコンテンツが多い。

約90万回も閲覧された「会社概要」

社外への影響もある。同社の顧客である小売企業の担当者は「ブログもポッドキャストもぜんぶチェックしている」という。中沢氏は「当社の熱心なファンになってくださっている方もいる」と語る。

10Xの情報発信が大きな影響力を持っていることを端的に示すのが、会社概要などを記載した「カルチャーデッキ」だ。同社の経営戦略やロードマップ(経営計画)のほか、人事制度や社員のグレードに応じた給与水準など、同社への就職に関心のある人材が興味を持ちそうな情報を盛り込んだ約50ページの資料の閲覧数は約90万ビュー(22年10月時点)を超えた。知名度が高くないスタートアップや中小企業では異例の多さだ。資料の内容は随時更新しており、何度も閲覧するリピーターも多いようだ。

競合企業に知られても「問題なし」

中沢氏によると、同社や矢本氏のブログは社内で社員向けに説明した資料が、顧客企業の情報などを除いた上で公開されているケースも多いという。経営情報を開示することで他社に模倣されるなどのリスクもあるが、CEOの矢本氏は「本当に大切な資産は(経営情報を生み出す)プロセスにある。プロセスは各企業が置かれた事業環境によって異なるので、(経営情報を)競合企業に知られても問題ない」と言い切る。

CEOの矢本氏の視線の先にあるのは将来の新規株式公開(IPO)だ。同社の将来性を見越し、ベンチャーキャピタルなどから20〜21年に計18億円を調達した。矢本氏は「リスクマネーを提供する株主は(他社の)上場株式にも投資するかもしれず、(経営内容を)比較される可能性がある。(株式公開したら)情報開示の仕方も変わるだろうが、(公開前でも)自分の考え方を伝え、社内外への発信力を強めたい」と語る。

情報を積極発信する10Xだが、一般的なスタートアップと同様に最新の業績は公表していない。最後に開示したのは21年3月期で最終損益は約2000万円の赤字だった。赤字なのは事業拡大に向けた投資を優先しているためで、同社に投資するベンチャーキャピタリストは「10Xの経営は慎重すぎるほどだ」と財務の健全さに太鼓判を押す。

同社の社名の「10X」が意味するのは「非連続な顧客価値を作り・届けること」だ。社員と共に顧客や投資家に向けた価値を創造し続けるため、今後もトランスペアレンシーの高い経営に努めていく構えだ。

(原田洋)

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