フィンテックサミット2021特集

野村グループのデジタル資産戦略、新たな価値と市場の整備をけん引 野村HD八木忠三郎氏、BOOSTRY佐々木俊典氏に聞く

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金融のデジタル化が進むとともに資産のデジタル化に向けた動きも加速している。証券大手としてグローバルに事業を展開する野村グループは、ブロックチェーン技術を使った資金調達法であるSTO(セキュリティー・トークン・オファリング)の市場整備や、資本市場の民主化といった時代の要請にどのように対応していくのか。野村ホールディングス執行役員の八木忠三郎氏と、野村HDと野村総合研究所などが出資するSTO開発のBOOSTRY(ブーストリー)代表の佐々木俊典氏に話を聞いた。

STOで資本市場の裾野が拡大、日本型流通市場形成に期待

――昨年、改正金融商品取引法等の施行により、デジタル証券であるセキュリティー・トークンの取り扱いが法的に明確化された。資金調達手段としてのSTOへの期待感は日々高まっている。

 八木 野村グループでも、未来共創カンパニー直轄の組織である「未来共創推進部」が各部門と協働しながら、セキュリティー・トークン発行に向けた体制整備を進めている。

当社は昨年4月、ブロックチェーン技術やSTOがこれからの金融市場のあり方に与え得る可能性や、今後の課題の洗い出しなどを目的とする研究会「金融市場におけるブロックチェーン技術の活用に関する研究会」を設立。学識者や発行体企業など、金融市場の様々なステークホルダーと半年間にわたる調査研究を行い、11月に報告書を公表した。

STOは新しい資金調達手段ではあるが、あくまでも証券発行の一つの手法であり、伝統的な有価証券と基本は変わらない。一方で、配当や利子とは違った、非金銭の利用権やサービスでのリターンの提供ができる特長がある。STOにより発行体は、これまで以上に多種多様なリターンを提供できるようになるだろう。配当や金利よりも、自身の価値観に応じて投資先を決定する「興味志向」の投資家を金融市場に招き入れることにも貢献し得る。総じてSTOは、資本市場の裾野の拡大に貢献することが期待されている。

もちろん市場の活発化のためには流通市場の整備が非常に重要だ。STO取引において先行する欧米の事例や、各ステークホルダーの動きなどにも目を配りながら、わが国に最適な流通市場形成に向けて知見を磨きたい。

――野村ホールディングスは2018年、機関投資家が保有する暗号資産のカストディ(資産管理・保全)業務を行うKomainu(コマイヌ)を海外企業2社との合弁で立ち上げている。

 八木 暗号資産取引に関して、特に重要なのがセキュリティーだ。サイバー攻撃を防ぐには秘密鍵をネットワークに接続されていない端末で保管するコールドウォレットが有効とされるが、データや資産へのアクセスの度に鍵を取り出す必要がある。

Komainuは、HSM(ハードウエア・セキュリティー・モジュール)という仕組みで、ハードウエア内部に鍵を保管することに成功し、取引情報へのアクセスのたびにコールドウォレットから秘密鍵を取り出す必要から解放され、ハッキングなどのリスクを圧倒的に少なく抑えることができている。現在、世界各国の金融機関や資産運用会社、政府系機関などで利用され、預かり資産は約30億ドル(約3300億円)になっている。

――デジタル化の波は、金融のありかたそのものを大きく変えつつある。プレーヤーにもマインドセットが求められているが、どのように対応していくか。

 八木 当グループは調査研究の重要性をいち早く認識して、新しいことに貪欲にチャレンジしてきた。これからも多様化する発行体のニーズを踏まえ、過去の慣行や既存の枠組みに捉われない、各社に最適な資金調達プランを考案していきたいと考えている。時代のニーズに応じる金融商品の開発はまさにグループの強みであり、これまでの経験も大いに活かせるだろう。

ブロックチェーン技術を活用し、民主的なP2Pファイナンスを実現

――BOOSTRYは、野村ホールディングスと野村総合研究所の出資により2019年に設立された。

 佐々木 創業以来、ブロックチェーン技術を活用した様々な価値や権利の流動化に取り組んできた。そもそも金融商品取引法では、資金調達には証券会社などの仲介事業者が必要とは定義されていない。またインターネットの普及により、直接個人同士が取引をするピア・ツー・ピア(P2P)のコンセプトも社会で広まってきている。権利や価値を売りたい人と、それを買いたい人を直接つなぐP2Pのファイナンスを実現したい。この思いがこの事業に取り組むモチベーションとなっている。

――BOOSTRYは企業や個人が、有価証券や会員権、ポイント利用券などをトークン化して発行したり、売買当事者同士で直接取引したりできるプラットフォームibetを開発した。

 佐々木 価値や権利の発行、取引はブロックチェーンにより契約を実行する「スマートコントラクト」で自動化されている。従来、証券会社が担っていた仲介機能を、可能な限り技術で代替することで、デジタルでの安全な直接取引を実現した。

昨年春、野村総合研究所はibet上で、一般的な社債をブロックチェーンで管理する「デジタル債」と、利子の代わりにカフェポイントが付与される「デジタルアセット債」を発行した。

非金銭的な価値を提供できるデジタルアセットは、ファイナンスを通じて、事業に対するファンの獲得やブランディングといった形で、新しい投資家層の開拓にもつながる。また、投資家を継続的に把握することが可能になり、発行体と投資家との長期的なつながりの構築にも貢献する。金銭的なリターンで投資家をつなぎとめる資金調達にも限界があり、これからは非金銭リターンを含んだ形での調達手法の設計が重要だ。

今後あるべき資本市場の形を考えた時には、プレーヤーの拡充も重要になってくる。盤石な経営基盤を有する大企業が資金調達を行うための制度はすでに整備されているが、小規模事業者や個人はなかなか参加できない。過去の実績や事業規模に関わらず、社会に新しい価値をもたらそうとする挑戦者と、その意志に共感して背中を押そうとするファンとをつなげるようなファイナンスが必要だ。当社は社名にもある通り、TRY(挑戦)をBOOST(後押し)するために日々の事業にあたっている。

――企業としての今後のビジョンや課題はあるか。

 佐々木 ibetは複数企業が連携して運営するコンソーシアム型ブロックチェーンだ。理念に共感していただける企業と共にコンソーシアムを運営して、より多くの企業がibetを通じた資金調達をできる環境を整える。昨年、富士通と共同で行った実証実験では、異なるシステム基盤の相互接続を可能にするクロスチェーン技術により、ibetと異なるブロックチェーンやエコシステム間でスムーズかつ安全な権利移転や決済が行えることを確認した。今後も様々な企業と手を取り合って、豊かなエコシステムを形成する。当社は最先端テクノロジーによってP2Pファイナンスを実現することで、資本市場をより民主的なものに変えていきたい。

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