FIN/SUM 2021(主催:日本経済新聞社、金融庁)では初の取り組みとしてオンライン・アイデアソンを開催した。わが国の未来を担う50人超のキーパーソンが参加し、1カ月にもおよぶ議論を通じ、「非対面での金融活動における新たな信頼構築」をテーマに、フィンテックによる社会課題解決の手段と実現への道筋をFIN/SUMの場で披露した。企画・運営に携わったEY Japan RegTechリーダー兼EY新日本監査法人の金融事業部パートナーの小川恵子氏にアイデアソンの意義や、今後への展望を聞いた。
金融イノベーション創出への取り組み 英国の官民エコシステムがけん引
――FIN/SUMオンライン・アイデアソンは、日本初の官民連携アイデアソンとして国内外から注目を集めた。
アイデアソンとは、アイデアとマラソンを掛け合わせた造語で、一定期間、多様なバックグラウンドの人同士がディスカッションを行い、新たなアイデアを創出するプロセスを指すものだ。この取り組みに金融庁のオブザーバー参加が実現したことの意義は大きかったといえる。ここ数年、イノベーション創出のためには、官民連携のエコシステムが不可欠だという世界的な共通認識が形成されつつある。この流れをけん引しているのが英国だ。同国では金融行為監督機構(FCA)が金融イノベーション創出のための官民連携エコシステムの一員として、新技術やソリューションの開発プロセスに積極的に参画する。幅広い参加者を集めて社会の課題などを解決するための先端技術の活用のアイデアを競う「テックスプリント」や、規制官庁の認定を受け実証を行い、そこで得られた情報やデータを用いて規制の見直しにつなげていく「規制のサンドボックス」などがある。今回、「テックスプリント」の支援を経て得たEYのナレッジを生かし、日本の官民連携アイデアソンの企画運営に携われたことを光栄に思っている。
――官民連携でイノベーション創出を目指す背景には、どのような要因があるのか。
ひとつ目は、急速に進化し続ける技術と規制との関係だ。最先端の技術を活用したソリューションの多くはローンチされてからしばらくは既存の規制の枠外にあり、当局は規制を後追いで整備することになる。それでは技術の進化する速度に規制がキャッチアップすることは難しい。また企業にとっても新たな技術を使うサービスについて、開発段階から規制当局と協働し、当該技術に関わる規制について率直な意見を交わすことは、スムーズな社会実装の実現や、その先のビジネスデザイン確立のためにも重要だ。
ふたつ目の要因として、企業をとりまく課題の複雑化とそれを解決すべきテクノロジーの社会的影響の大きさが挙げられる。今日、企業にはESG(環境・社会・企業統治)の推進のみならず、個人情報の扱い方やデータの民主化をはじめ、技術の普及に応じて形成されていく新たな社会的価値観への目配りも求められている。しかしこれらは組織を超え社会全体の課題であり、解決のためには官民の枠を越え、多様なステークホルダーが手を取り合う必要がある。社会全体の利益と一致する持続可能なビジネスデザインの構築は今や、世界中の企業が重視する経営戦略の柱のひとつとなっている。
今回のアイデアソンの開催に際しては、官民連携エコシステムによるイノベーション創出という世界の潮流を踏まえつつ、日本らしい官民連携アイデアソンの在り方を追求しながら企画を練り上げた。オブザーバーの金融庁を含め、事業規模も領域も多様な企業や組織の参加・協力によって、日本初の官民連携アイデアソンが開催できたことを非常にうれしく思う。
距離の壁超えオンライン上で議論 優れたビジネスアイデア出そろう
――1カ月の短期決戦で「非対面での金融活動における新たな信頼構築」というテーマに即した新規アイデアを創出するチャレンジに5チーム22人のコアメンバーが臨んだ。
コアメンバーとして参加した22人は、金融機関や情報技術(IT)系スタートアップ、地方自治体など、日本各地の様々な企業・組織の現場で活躍するキーパーソンであり、各領域の次代を担うプレーヤーでもある。広島県や沖縄県など、東京のみならず日本各地のメンバーの参加が可能になったのは、オンライン・アイデアソンならではの特徴だ。メンバーはシャッフルし、分野横断かつ地域横断で、様々な角度からアイデアを出し合える形で5チームを組成した。
また、各チームにアドバイスをするフローティングメンバーとして、金融に限らず多様な事業を展開するビジネスリーダーの方々10人に参画いただいた。
ハードルとなったのはコロナ禍による対面コミュニケーションの制限だ。加えて、各メンバーはそれぞれ仕事を抱えながら、1ヵ月の期間内にチームのアイデアをまとめあげ、プレゼンテーションの準備をしなければならず、時間的な制約も大きかった。
コミュニケーションと時間の制約を乗り越えるのに貢献したのが、EYがグローバルに擁するイノベーションハブである「EY wavespace」の機能だ。EY wavespaceがこれまで完全バーチャル型で実施してきたセッションのノウハウを開示し、オンラインホワイトボード上でディスカッションやコミュニケーションを可能とする環境をデザインし提供した。そのプラットフォームを1カ月のグループ内議論の期間中、コアメンバーとフローティングメンバーに24時間開放した。このプラットフォームによってメンバーが好きな時に自分のアイデアを書き込んだり、他のメンバーのアイデアを引き継いでブラッシュアップすることができた。さらに各チームでスラックなど最新テクノロジーの使用に工夫を凝らし、双方向の新たな形のオンラインでのコミュニケーションにより、チーム内でのアイデアの共有やトライ&エラーの積み重ねをはじめとする、イノベーションに不可欠な価値共創プロセスを完全にバーチャル空間で行うことが可能となった。
――プレゼンテーションでは、フィンテックに関する豊富な知見と実績を有する17人の評価者が、「市場性」「創造性」「実現可能性」「明確性」「影響度・多様性」の5つの評価軸で評価を行った。
スマートロック技術の活用によって所有権担保を進化させるソリューションを提案し、最優秀賞を受賞したSmoothはもちろん、参加5チームのアイデアはどれも社会実装を前提とするビジネスアイデアとしての完成度が非常に高かった。
また、移住者の信頼担保や、少額社会投資推進のためのソリューション提案など、プレゼンを通じて各チームが、社会全体のペインポイントを最新の技術で解決するという強い志をもってアイデアソンに臨んだことが伝わった。金融面でのアプローチからESG課題解決の可能性を示せたことは、今回のアイデアソンの最も大きな成果の一つだ。
現在、この成果を未来につなげるために何をすべきか、参画メンバー間で議論を交わしている。EYとしては当面、コアメンバーとフローティングメンバーに、さらなるアイデア創出・ブラッシュアップの場としてEY wavespaceが提供するプラットフォームを開放し続ける予定だ。また、アフターリポートを作成し、今回のアイデアソンの意義や成果を世界に向けて発信する準備を進めている。今後、官民連携によるイノベーション創出のための取り組みをさらに加速化させるべく、今回形成したエコシステムも活用しながら、様々な可能性を追求していきたい。