日本経済新聞社と金融庁が主催する「FIN/SUM(フィンサム)2021」に参加する企業・団体のキーパーソンに注目のテーマや最新動向などを聞いた。三菱UFJ銀行は2020年9月、お金の自動管理アプリ『Mable』のサービスを開始した。従来の銀行の発想や手法にとらわれないチャレンジングな取り組みとして開発された本アプリの特長や開発ストーリーなどについて、プロジェクトの中心メンバーである三菱UFJ銀行 デジタル企画部 デジタルバンキング企画室の岡地眞平氏、大村怜也氏、天野佑美氏に話を聞いた。
――Mableの開発の背景を教えてください。
岡地 これまで銀行というと、駅前の一等地に店舗を構え、そこでお客さまとの接点を持つことでビジネスを展開していました。しかし、お客さまの行動がリアルからデジタルへとシフトしていく中で、オンライン上でもお客さまとしっかりコミュニケーションを図っていくことが必要です。デジタルを活用したお客さまとのコミュニケーションというのは、当行にとって積年の課題であり、その解決策としてスマートフォンのアプリがあげられ、企画の検討・開発に乗り出しました。
大村 「お金に関してお客さまが求めていることは何か」――。まずはそれを見つけるところからMableの開発プロジェクトはスタートしました。お客さまの多くは、「お金を増やしたい」「家計の無駄をなくしたい」「ためたい」といったニーズを持つ半面、お金の話は非常にセンシティブで、家族や友人にも相談しにくいものです。そのことをしっかり理解したうえで、本当に必要なサービスは何か、顧客調査などを行いながら検討しました。
――同様の家計簿アプリは、すでに複数の会社がサービスを提供しています。Mableの特長はどこにありますか。
大村 Mableと他の家計簿アプリとの最大の違いは、家計の見える化だけでなく、お金の悩みに対してユーザーが自信を持てるようにサポートするアプリである点です。「家計管理ができない」「家計簿をつけても続かない」「お金がたまらない」「もっと節約したい」「クレジットカードの毎月の引き落としが不安」「貯蓄専用の口座にお金を移すのが面倒」など、人それぞれお金に関する悩みがあると思います。Mableを使うことで、そうしたお金の悩みや苦手意識が軽減され、家計管理に自信が持てるようになることを目指して開発しました。
岡地 具体的な機能としては現状、大きく3つあります。まず複数の銀行口座やクレジットカード、ポイントカードなど、2700以上の金融機関や金融情報と連携し、お金の情報をまとめて確認することができます。一覧で把握できれば、家計管理がこれまでよりもずっと楽になるでしょう。2つ目に銀行口座とクレジットカードを登録すると、クレジットカードの引き落とし日に、口座の残高が足りているかどうかを、毎月事前にお知らせします。この機能によって残高不足を事前に防ぐことができます。残高不足で引き落とされず、家計管理にますます自信が持てなくなる、といった悪循環を断ち切ることができます。
3つ目の機能として、三菱UFJ銀行に口座を持っているお客さまは、口座をもう1つ開設できます。「つかいわけ口座」といって、貯蓄専用の口座にするなど、お金を分けて保管するのに最適です。お金を一口座で管理していると、うっかり使い過ぎてしまうこともあります。つかいわけ口座ならアプリを使って、簡単にメイン口座との間でお金を振り替えられ、メインの口座と分けて保管することで使い過ぎの心配もなくなります。このつかいわけ口座は、当行ならではの機能といえるでしょう。
また、家計簿が続かない、難しそうと思っている人に自信を持ってもらうためにも、操作画面にこだわり、親しみやすいデザインや必要最低限のシンプルな機能を追求しました。
――リリースから5カ月が経過しました。これまでをどのように評価しますか。
岡地 これまでに数万のダウンロードがありました。これからが本格的なスタートだと思っているので、まだ評価できる段階ではありません。実際に使ってもらう中で、ユーザーが何を求めているかをしっかり理解して、今後のサービス改善につなげていきたいと思います。
大村 Mableは、20代後半の女性をユーザーのモデルとして開発をスタートしましたが、20~30代だけでなく40代~50代まで、幅広い層にご利用いただいております。
天野 一方で私たちが想定していなかったニーズも顕在化してきました。例えば、私たちはつかいわけ口座をすぐに使わないお金などを分けて保管する口座と位置付けていました。しかし、つかいわけ口座を自動引き落とし専用の口座に設定したいというユーザーの声が予想以上に多くありました。また、副業などで得た収入をつかいわけ口座によけておくという使い方をするユーザーも多い印象です。こうしたお客の声を大切にしたいと思っています。
岡地 提携してほしい金融機関やポイントカードに関するリクエストもたくさんいただいています。これは家計管理のプラットフォームとしてMableを活用したいという意思の表れだと受け止めています。
――Mableの開発チームについて教えてください。
天野 Mableのプロジェクトは、従来の銀行の発想や手法にとらわれない、チャレンジングな取り組みということもあり、開発チームのメンバーの半数を中途採用の行員で構成されています。30代を中心とする総勢13人のチームで、個人のお客さまを担当していた営業担当者や本部の企画担当者、新規事業開発経験者、デザイナーやデータアナリストなど、メンバーのバックグラウンドもさまざまです。
岡地 当行とはカルチャーのまったく異なるスタートアップ企業のマネーツリーとの協業で、しかも迅速な開発というのもこれまでにない取り組みでした。2019年半ばに開発をスタートし、言語や企業文化の壁もある中、チーム全体で積極的に意見を交わすことを心掛けました。
新型コロナウイルスの感染拡大といった想定外の出来事もあり、思うように進まないこともありましたが、結果的に魅力的なアプリを開発できたと自負しています。今回の開発の経験をMableだけで終わらせることなく、新しい仕事のやり方として銀行全体に伝播していくことも私たちに課せられた使命だと思います。
――Mableの今後の展望や取り組みについて教えてください。
大村 サービスのリリースがゴールではなくこれからが本格的なスタートです。冒頭にデジタルを活用したお客さまとのコミュニケーションがMableの開発の起点とお話ししました。とはいえ、コミュニケーションの入り口としていま実装している機能は、引き落としを事前にお知らせするなど、現状はこちらからの一方通行に留まっています。今後は、双方向のコミュニケーションが図れることを目指していきます。
岡地 Mableを資産運用に絞ったアプリにしようとは考えていません。運用商品ではなくローンを利用したい人もいるでしょう。真にお客さまに寄り添ったアプリを目指し、お客さまの声を丁寧に拾いながら継続的な改良を加えることで、バージョンアップしていきたいと思います。