会社の経営は山あり谷あり、波乱の連続である。谷底が見えるほどの崖っぷちに立ったとき、経営者はどう考え・行動したのか。今回は、国内唯一のエボナイト棒・板メーカーである日興エボナイト製造所の遠藤智久社長に聞いた。
◇ ◇ ◇
「入社直後から、業績は右肩下がりでした。さすがにこれ以上は下がらないだろうというところで、リーマンショックに見舞われ、どん底を経験しました。今、会社には15人の従業員がいますが、当時は家族4人と従業員2人の計6人にまで減り、年商も私の入社時の約3分の1に落ち込みました」
日興エボナイト製造所の遠藤智久社長は、会社の業績が厳しかったころをこう振り返る。
エボナイトは、天然ゴムを原料とする世界最古の人工樹脂といわれ、万年筆、楽器、喫煙具、絶縁素材などに利用される。日興エボナイト製造所は、それら製品の材料となるエボナイト棒や板を製造してメーカーへ納品する会社だが、経営は苦しかった。エボナイトは昭和30年代から、より安価なプラスチックに置き換わり、市場が縮小。国内の多くのメーカーが廃業に追い込まれていた。
父が社長を務める日興エボナイト製造所へ遠藤氏が入社したのは1998年。1994年に早稲田大学の商学部を卒業した後、段ボールメーカーで仕事をしていたところを呼び戻された。日興エボナイト製造所では、それまで伯父が経営全般を、父が現場を担当していたが、伯父が病気になり、父が社長を引き受ける。しかし、父は現場一筋で経理や配送などの経験があまりなく、段ボールメーカーで営業を行っていた遠藤氏にその役割を求めた。
業績低迷の打開に向けて、日興エボナイト製造所は父子による新たな体制のもと、経営努力を重ねた。
2007~2008年にかけて、東京・荒川区が開催した荒川経営塾という中小企業向けセミナーに参加したことが転機だった。セミナー講師の中小企業診断士と相談するなか、下請けを脱して、一般消費者向けの商品を販売する新事業を検討。東京都の経営革新計画による支援策も利用して取り組んだ。
エボナイトを材料にする一般消費者向けのさまざまな製品を試作した。ゴムを原料とするエボナイトは、手に持ったときに温かみがあり、手触りもよい。そこで杖を作った。また、滑らずグリップ性がよいことから、はんこを作った。楽器に使うと音響特性がよいため、ハーモニカの本体を作った。
数々の試作品からヒットが生まれた。大理石のように流れる模様がついたカラーマーブルエボナイト――独自開発したこの材料でオリジナル万年筆を作った。2009年に開催された地元の荒川区産業展に1本6万円で販売したところ、5本が売れた。遠藤氏は「これはいけると、いい意味で勘違いをしました」と話す。
勢いづいた遠藤氏はこのオリジナル万年筆の販路をネットに求めた。同年、ウェブショップ『下町のエボ屋さん=笑暮屋(えぼや)』をオープン。2010年、日興エボナイト製造所 代表取締役に就任すると、販路をさらに広げるべく、2011年に日本橋三越、伊勢丹新宿店それぞれの展示即売会に出展して、期待以上の成果を上げた。