日本的デジタル化の落とし穴

AIの進化が求める人との新たな役割分担とは? 第5回 音楽家・大山平一郎、Takram・櫻井稔、アクセンチュア・保科学世、畦地直樹の4氏による座談会

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保科 文脈や背景までの理解にAIの限界を感じるという指摘について、櫻井さんはどうお考えですか?

櫻井 AIがどこまでできるのかチャットボット(人の代わりにメッセージのやり取りをするAI)を実装しながら考えたことがありますが、最終的に実装できずに残るのはまさに「文脈」や「ストーリー」の部分だと思います。以前リサーチで「AIにできないこと」をテーマに、様々な業種のプロフェッショナルにインタビューをしたのですが、とあるコンシェルジュの方が、「僕らが作っているのは、お客様のストーリーです」とおっしゃっていました。例えばお客様の腕時計が壊れたと相談されたとき、彼が意識しているのは「時計の修理」ではなくて、「時計の故障とともに刻まれる旅の思い出」といったようなストーリー作りだというのです。

保科AIが発展すれば効率化や最適化は追求できますが、その一方で実現が難しい部分もあります。それがコンシェルジュが提供するような文脈やストーリーなのでしょう。

私は以前、大山先生の協力のもと、先生と演奏家や観客の脳波をリアルタイムで測定、可視化する実験的なコンサートを開催したことがあります。文脈やストーリーという点で興味深いのは、いわゆる「深い背景」がある曲を、その背景を知らない観客に聞いてもらったときの脳波と、その背景を解説して聞いたときの脳波を比べた結果です。全然、曲の受け止め方が違っており、文脈やストーリーの重要さを実感しました。大山先生はどうお考えですか?

大山 作曲家は曲を創るとき、自分の心の中のドラマを音符で書き留めていきます。一方、演奏家はその書かれた楽譜を深掘りしながら、「作曲家がこのように記しているということは、このような「情」をこめて曲を書いたのではないか」と思いを巡らしながら、演奏を通してそれをお客さんに伝えようとします。400年前に作曲家が書いた曲の情が、現代の人に伝わるのは、情が400年前と今とでそれほど変わっていないということでしょう。そして本当にいい曲は世代を越えて受け継がれ、培われ、育まれ、名作になっていきます。

そういう風に考えると、膨大なデータを持ち・処理できるAIから期待した結果を得られるかどうかは、消費者のどういう「情」をもとに提供されたデータなのか、データの後ろにあるものが左右するのではないでしょうか?

保科 ここで「情」と「情報」という新たなキーワードが出てきました。以前、大山先生とトークセッションをしたときもこのキーワードが出ました。そのときの「どうしてこの曲をひきたいのか」という質問に対する先生のコメントを引用します。「この曲をだれかといっしょに弾きたいという理由は、相手の音楽性の反応への期待である。AIがそこまでの情を自分自身で解釈し表現して、ほかの演奏者とかかわっているのだろうか。『情報』に『情』が掛け合わさって作られる、ゆらぎ・ひずみを期待している」。

さきほど、AIを活用すると効率化や最適化が追求できると言いましたが、企業がそれを進めると、効率化や最適化という観点では、どの企業も均一的なサービスを提供するようになるでしょう。一方、人には個体差があって、ゆらぎ・ひずみがある――ということは、この人のゆらぎ・ゆずみ、情こそが、これからの企業サービスの価値の差になっていくのではないでしょうか?

大山ある会社は音楽のピッチやテンポのひずみ――急にゆっくりする、不規則に変える――にも順応できる、すばらしいセンサーをもった演奏装置を作っています。しかし良い演奏家は、一方的にひずみに順応するだけでなくて、ひずみの背景にあるものにまで思いを巡らして反応します。

保科 まさにそこが人のすごいところだと思います。文脈、ストーリー、人のゆらぎ・ひずみに対して背景を踏まえたうえでのコミュニケーションが可能なところですね。

AIによる効率化・最適化では到達できないところが絶対にある

保科 自分もAIはどこまで人に近づけるのだろうと思って、先ほどお話ししたように、非常に失礼だと思いつつ、大山先生をはじめとする方々の脳波をとりながら、AIから一番遠そうなクラッシック音楽という領域で研究をさせていただいています。そうした活動で思ったのは、AIによる効率化・最適化では到達できないところが絶対にあることです。そこは無理にAIでやる必要はありません。例えば、人の五感をフルに活用した体験を提供する仕事は、人がこれからも人がやらなくてはいけない。デジタル技術の活用が進む一方で、人の力こそがサービスの要として再び注目されるようになる気がします。

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