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マツダは「人馬一体」どう形にしたか 伊丹敬之氏

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マツダから発売されているロードスターというスポーツカーのコンセプトを作った開発チームのリーダー(以下、主査という)は、「人馬一体」という製品コンセプトを掲げた。人馬一体とは、平安時代の日本の儀式である流鏑馬を由来としたものである。流鏑馬は、乗り手が馬の上下振動を足で吸収し、上半身を安定させなければ、正確に的を射ることはできないため、人と馬が一体とならなければならない。

コンセプトへの共感がヒットに

ライトウェイトスポーツカーの2人乗り仕様であるロードスターでは、この騎手と馬の関係をドライバーと自動車の間に再現したい、という想いで前述のコンセプトが設定された。このコンセプトが最終的にはロードスターのヒットにつながったのだが、それはこの抽象的なコンセプトが具現化された製品に顧客が共感をしたからだと思われる。

つまり、単にロードスターの機能に満足したというだけでなく、人馬一体という抽象的なコンセプトへの顧客の共感があったものと思われる。顧客はおそらく、自分の価値観に合わせてこのコンセプトを解釈し、それに共感して、さらに機能を確かめ、最終的に購買に踏み切ったものであろう。

顧客が自動車に求める価値は多様である。例えば、交通の足として利用する移動手段としての価値、あるいは、休日に走ることだけを目的とした趣味としての価値もあるだろう。ロードスターの場合は、走りのよさを「人馬一体」という表現に表し、多様な顧客が自分の経験の中からそのコンセプトをそれぞれに解釈したと思われる。

抽象的なコンセプトが、多様な解釈を可能にして多様な顧客に訴え、しかしその多様な解釈の中にも人馬一体という言葉で表現される「ある共通項」があったのであろう。

スポーツカーのような感性的価値が重要な製品には、こうした抽象的にも聞こえる、感性的な言葉で表現されたコンセプトが必要ともいえる。しかし、そうした感性的な表現をされた製品コンセプトは、製品開発の現場では悩みのタネともなる。抽象的、感性的であるがゆえに、多数の開発担当者がそれぞれの知識や経験を基盤に1つのコンセプトを多様に解釈をすることが可能になってしまうからである。

多様な解釈の可能性は、担当者たちが独自に想像しながら自主的に開発を進めることにつながることもある。しかし一方、各担当者の独自の理解により部品や機能を作り上げていくと、1つの製品として統合したときに混沌とした状態に陥る危険もある。開発責任者である主査は、このような状態を避けるように全体をコントロールしていくことが必要となる。

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