国宝・阿修羅像のナゾ、鎌倉五山の筆頭・建長寺の開山が持つもう一つの顔、古代エジプト「鳥のミイラ」の正体――。国宝や重要文化財など歴史的な遺物の内部を非破壊で計測するX線CT(コンピューター断層撮影)の活用により、この10年間に新たな発見が相次いでいる。文化財の保全や修復ばかりでなく、歴史研究の現場にも欠かせない最新のハイテク技術として普及が進む。先駆的な日本の試みにアジアでも関心が高まっているほか、CT装置を供給する産業界からも「新素材の用途分析など次世代技術に応用できる」(東芝ITコントロールシステム)との声があり、活躍の場が広がりそうだ。
1日かかった計測がわずか5分に
京都国立博物館が導入した文化財用X線CT装置(提供:京都国立博物館)
X線CT装置は検査対象にX線を照射して得たデータを、デジタル処理技術を駆使して3次元の立体像として構成する。2次元的な従来のX線撮影よりはるかに多くの情報を得られるのが特徴だ。私たちになじみが深いのは総合病院などで患者の診断に使われる医療用X線CT装置だろう。産業分野では自動車業界などを中心に部品の品質検査などに利用されている。
一方、文化財用X線CT調査が一般に知られるようになったのはまだ日が浅い。そのきっかけの一つが2009年に東京・福岡で開催した「国宝・阿修羅展」だ。約1300年前に制作された奈良・興福寺の阿修羅像は天平文化芸術の大傑作として知られるほか、思索的にも見える憂いを帯びた表情をしており、神秘的な美少年の像として女性などに幅広いファン層を持っている。特別展の際に原型となった阿修羅像の塑像(そぞう)がX線CT調査された。すると現在の顔とは異なる細面で少し目のつり上がった、厳しさを前面に出した戦神の表情が新たに浮かび上がった。
この調査を手がけたのが九州国立博物館(福岡県太宰府市)だ。X線CT装置を導入したのは2006年。実用的な文化財用X線CT調査の歴史はこの年から始まったと言っていい。奈良文化財研究所(奈良市)などがすでに取り入れていたが、仏像計測に1日かかるなど調査に時間を要していた。九博の大型システムはそれを5分程度にまで短縮したほか、等身大の仏像など大型の文化財も調査できる。操作していた鳥越俊行氏(現・奈良国立博物館)は「彫刻などの『健康診断』として解体せずに虫食いなど傷んでいる場所を把握した」という。
最適な保全や修復方法に役立ったばかりではない。素材の特定や内部に納められた「納入品」についても知ることができたという。当時、開館したばかりの九博は、文化財の保全に活用する最新技術を導入することでその存在感を強烈にアピールした。昨年12月に催した開設10周年記念シンポジウムのテーマは「X線CTを用いた文化財の研究と活用」。東京、大阪のみならず北海道などからも研究者が参加した。九博がX線CT調査で蓄積した3次元データは2000点を超えるという。