肖敏捷の忠言逆耳

「来ればみんな深セン人」で中国経済の再興なるか? SMBC日興証券 中国担当シニアエコノミスト 肖 敏捷(しょう びんしょう)

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最近、日本のマスコミに登場回数が激減した中国の地名がある。1980年代頃、この地名が最初に話題になった際、日本語のワープロやパソコンには該当の漢字がなかったため、レポートを書くたびに苦労した。中国でもこの都市はどこにあるのかだけでなく、地名すら読めない人も少なくなかった。しかし、その後、この地名が中国経済の高成長を象徴するような存在になるとは想像できなかった。

深セン。香港とは陸続きしているが、1970年代末までは目立たない漁村にすぎなかった。1980年代、中国最初の経済特別区に指定されたことを契機に、ほとんどの中国人がその存在すら知らなかった村が様変わりし、世界の生産工場として世の中をあっと言わせただけでなく、中国の改革や対外開放の先駆けとしても不動の地位を確立した。深センがなければ約30年間続いてきた中国経済の高成長がなかったかもしれない。また、多くの日本企業にとっても中国進出の第一歩を踏み出したのは深センのおかげと言っても過言ではない。

気になる世界の生産工場、深センの最近の動向

1990年代、深セン市長が来日し、東京で投資誘致セミナーを開催した際、筆者が通訳を務めたことがあるが、会場には立ち見席ができるくらいの盛況ぶりを見て思わず緊張してしまった覚えがある。その後、香港駐在をきっかけに、深センを頻繁に訪れるようになり、深センを中心とする珠江デルタがいかに世界の生産工場として頭角を現したのか、歴史の証人になったことを誇りに思っている。

しかし、その後、仕事の関係で上海や東京を転々としているうち、深センに対する関心がだんだん薄れてしまい、たまに香港出張のついでに電車に乗って深センの友人とヤムチャをするくらいの付き合いになってしまった。また、日本のマスコミにおいても深センに関する情報が激減し、人件費の高騰で世界の生産工場の衰退とか、工場閉鎖や事業撤退でストライキが頻発とか、どちらかと言えば、深センの地盤沈下を示唆する事例が増えつつある。

確かに、深センの実質国内総生産(GDP)の成長率を見ると、1987年から続いてきた2桁成長は2014年で途絶えた。2015年の実質GDP成長率は前年比8.9%増加し、全国の6.7%増を大幅に上回ったものの、本格的にテークオフした1990年代前半の30%成長と比べると、文字通り、高成長から低成長へ入ったと言わざるを得ない。ポスト高成長の深センがどこへ向うのか、世界の生産工場としての存在感が低下したら、深センはどうやって新たな成長の糧を確保するのか、長年、深センの経済発展に関心を持ち続けてきたチャイナ・ウオッチャーとして気掛かりだ。

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